('A`)は撃鉄のようです

67 名も無きAAのようです[sage] 2013/04/03(水) 21:01:56 ID:WFAf4TNY0


 その男は死期を悟った。


/ ,' 3 (む、これ死ぬぞ……)

 自宅の縁側で昼寝をしていた彼の心に、ふと天啓にも似た確信が舞い降りた。

 ゆえに男は自身の一生を想起した。
 それは所謂走馬灯に当たる、人間が最後に行うデバッグ作業だった。


/ ,' 3 (……)

 男には理想があった。
 しかし男の一生は、その理想とは大きく外れていた。

 妻子も無く、友人や恩師も無い。
 そんな誰も居ない深く暗い人生の中で、彼は静かに孤立していた。


/ ,' 3 (理想とは……ゆめ相容れんか……)

 男は口を噤み、思考を閉じた。
 死を受け入れたと言っていい。

 男、荒巻スカルチノフの最期の思考は空虚だった。

/ ,' 3 (別に、何もなかったなぁ……)

.

68 名も無きAAのようです[sage] 2013/04/03(水) 21:03:34 ID:WFAf4TNY0


 人は生きただけ死んでいく。
 生きただけ“別に死んでもいい”という考えを否定できなくなる。

 生体としての自分と、死体としての自分が混在しはじめる。
 細胞の一つ一つが老いて死んでいく。

 そうして最後に問うことは一つ。


“自分の人生には”

“自分以外の誰が居たのか”


 この問いに答えられる人間は上等だ。


“一生を添い遂げてくれた者が居た”

“背を押してくれたあの人が居た”

“自分の死を悲しんでくれる友が居た”


 その問いに答えられた人間は、最期の最後でようやく気付く。

.

69 名も無きAAのようです[sage] 2013/04/03(水) 21:04:45 ID:WFAf4TNY0


“自分の人生には”


“自分以外の誰かが居た”


“私は孤独ではなかった”



 最期に人を救うのは、たったこれだけの事だ。

 人間の魂は僅か21グラムに過ぎない。
 だからこそ、そんな軽いものをあの世に送るのに、大した力は必要ない。

 しかし、荒巻スカルチノフには何も無かった。人生の起伏がまるで無かった。
 彼の人生はすべて“いつの間にか”と“気がついたら”で終わっていた。

 そこには中身など一片たりとも存在しない。
 生きることと死ぬことさえ同義であると思えてしまうほど、彼は空虚な人間として完成してしまっていた。

 それはもう、死んでいても生きていても同じという事を意味していた。

.

70 名も無きAAのようです[sage] 2013/04/03(水) 21:06:53 ID:WFAf4TNY0



 そして彼は、自分と同じものを引き寄せた。


/ ,' 3 「……誰だ」

(メ._⊿)「……三月、兎」

 庭の木陰に隠れたまま、三月兎と名乗った者は続ける。

(メ._⊿)「これを取れ。お前には見える筈だ」

 三月兎の手には、黒い結晶の欠片のようなものが乗っていた。
 欠片は三月兎の手から浮かび上がると、荒巻の眼前まで飛んで静止した。


/ ,' 3 「……」

 しばらく欠片を見つめた荒巻は、やがて何かを悟ったように立ち上がり、中に浮く欠片を手に取った。

 同時に、この世のありとあらゆるものが、終わりと始まりの前に消え去った。

.

71 名も無きAAのようです[sage] 2013/04/03(水) 21:07:33 ID:WFAf4TNY0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

          プロローグ 「遥か昔のとある世界」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

.




目次
inserted by FC2 system