('A`)は撃鉄のようです

419 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:03:49 ID:qWB5eOsI0

≪1≫


 広大なる荒野・レムナントの北の街。
 そこはメシウマとレムナントが繋がる唯一の場所であり、レムナントでも特に機械的発展が見られる場所だった。
 電脳技師。ネット商人。義体のパーツショップ、メシウマからの密輸品。
 他様々な分野に関わる物品が並び、また、それらを必要とする人々が街の活気を更に盛り上げている。

 この街について特筆すべきは 『パラレルネットワーク』 と呼ばれるこの街独自のインターネットソサエティの存在である。
 通称 『P-ネット』 と呼ばれるこのシステムは、とにかく便利で素晴らしいものだった。


 ここは、電脳に特化した街。

 イッテヨシと呼ばれる、一つの巨大な電脳市街だった。

.

420 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:04:29 ID:qWB5eOsI0



 街の喧騒から遠く離れたイッテヨシ旧市街。
 廃屋が立ち並び、既に人の管理下を離れたこの場所で、男は口元に手を押し当て、じっと息を潜めていた。


 男は路地裏に腰を下ろし、疲労感を紛らわそうと曇天の夜空を見上げた。
 叩きつけるように鮮烈に降りしきる雨が、火照りきった彼の体を宥めていく。

 だが、彼の焦燥はこんな雨で治まるほど尋常ではなかった。


(#'A`)「――クソッ!」

 天に唾棄したその言葉は、やがて自分の無力さを証明する自責の念として帰ってきた。


(# A )「……ッ……!」

 男の衣類は雨粒を吸い、泥にまみれていた。
 靴も片足が脱げており、その風采は男を追う者の手荒さを表している。

 男の名はドクオ。
 彼は今、かつてない窮地に立たされていた。

.

421 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:06:50 ID:qWB5eOsI0


(;'A`)「ッ!?」

 ふと、雨音の中に物音を聞き取った。

 ドクオは咄嗟に立ち上がり、路地の奥を睨みつけた。
 路地の奥には、ここより更に深い闇が続いている。


('A`)「……」

 暗中に輝くものが一つ。

(;'A`)(もう追いついたのかよッ!)

 ドクオはそれに脅威を覚え、すぐに路地から飛び出した。
 その次の瞬間、雷鳴にも似た怒涛の銃声が鳴り響き、無数の弾丸が闇の中を突き抜けドクオを追撃した。


(;'A`)「クッソ!」

 路地を出たドクオは即座に炉端廃車の影に転がった。
 同時にドクオは懐から自動式拳銃を抜き取り、弾無しのマガジンを捨てて次のマガジンをグリップに叩き込んだ。

 銃声は止んでいた。
 どうやら、敵の武器は車体を貫通するほどの威力をもった代物ではないようだった。

.

422 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:08:13 ID:qWB5eOsI0


(;'A`)(確認するか……)

 状況が沈着したこの一瞬を活用し、ドクオは廃車のサイドミラーを拳銃のグリップで殴りつけた。
 ガシャン、という音が、雨音に紛れて消えていった。

 ドクオは割れたサイドミラーの破片をハンカチ越しに手に取り、それを車窓まで持ち上げた。
 サイドミラーの破片が、敵の姿を映し出す。


|::━◎┥


(;'A`)(……この『結果』はマジに厄介だな……)

 鏡に映った追手の姿。


 その名は“歯車王”。

 歯車王とは、別世界からやってきた不死身の殺人ロボットである。

.

423 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:11:19 ID:qWB5eOsI0


 しかし敵が何者か分かった所で、このままでは全く埒が明かない。
 その後数秒間で考え抜いた結果、ドクオは、こちらが多少のリスクを負ってでも、敵に同等のリスクを与えることを選んだ。


 ドクオは廃車の影を出た。
 それを待っていたかのように、歯車王のガトリングガンが圧倒的火力弾幕をもってドクオを追跡し始める。
 弾丸が描く赤の一線が、鋭い光の束となってドクオに迫る。

(; A )(反応速度が半端ねえ……ッ!)

 ドクオは進路を変更し、足先を直角に切り替え廃屋に駆け込んだ。
 すぐ壁を背にして死角に身を隠し、彼は急いで手持ちの武器を検める。

(;'A`)(逃げ始めてから二時間……手榴弾は売り切れ、弾も残り少ない……)

(;'A`)(……いい加減、どうにかしねえとマジでヤバイぞ……)


 ――カツンッ。

 その軽い音と共に床に転がったのは、三つの円筒が束ねられたデジタル時計付きのプレゼントだった。


('A`)


(;゚A゚)(時限爆ッ――!)

 それから一秒して、時計の表示がゼロに切り替わった瞬間。

 ハッピーバースデーにはうってつけの大爆発が、ドクオを火炎の中に消し去った。

.

424 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:13:01 ID:qWB5eOsI0

≪2≫


 イッテヨシの昼下がり。
 オイルの異臭が昼食の匂いをかき消し、街の工場がけたたましい作業音を響かせる炎天下の夏。

 シーンの住処、隠れ家、仕事場であるその場所は、そんなイッテヨシの片隅でひっそりと活動中だった。

 昼でも暗い路地裏の奥に、ゴキブリ、ムカデなどを模した虫型のセキュリティが守る偽造マンホールがある。
 その偽造マンホールを開けて下に下りると、そこにシーンの隠れ家があるのだ。

.

425 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:14:37 ID:qWB5eOsI0


('A`)「ただいまー……」

 ドクオは、隠れ家の玄関を開けながら言った。

( ・-・ )「……おう」

 温暖色のランプに照らされたリビング。
 シーンは椅子に掛け、イッテヨシの新聞を読んでいた。

( 'A`)「ダメだった。ぜんぜん」

 ドクオはテーブルに横60ミリ縦90ミリのICカードを置いてから、オープンキッチンに入って冷蔵庫を漁り始めた。


( ・-・ )「まあ、ゲームってのは難しくて当然だからな……」

('A`;)「あのゲーム、まさに鬼畜難易度ってヤツだぜ?
   歯車王と戦ったのは二度目だけどよ、ありゃあマジで無理だ」

( ・-・ )「……二度目?」

('A`)「……お? ああ、そうだけど」

 無意味な沈黙が流れる。

( ・-・ )「凄いな、もう二度も歯車王までクリア出来てたのか……


( ・-・ )「それよりメシだ。頼む」

( 'A`)「あいよ」

.

426 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:16:43 ID:qWB5eOsI0


('A`)「よっ……と」

 キッチンに立ったドクオは、包丁やまな板より先に、壁に掛けられたヘッドマウントディスプレイを手に取った。
 その青色のHMDは車のバンパーのような形状をしており、外の映像をビデオカメラを介して内側のディスプレイに映すタイプのものだった。
 パッと見ではカッコいいサングラスに見えなくもないが、実際の用途は、お料理専用のナビゲーターシステムだ。

 ドクオはHDMのテンプル部分のパネルを操作してから、HMDを装着した。
 内側のディスプレイには既に外の映像がきており、台所の様子が鮮明に映し出されていた。

( 'A`)「モーションシンクロ。優先順位はメインユーザーが一番、サブユーザーが二番、システムが三番」

 OKという簡潔な文字がディスプレイに映った。


( ・-・ )「機械に頼り過ぎると怠け癖がつく。たまには補助無しでフライパンを握れ」

 シーンは立ち上がり、読んでいた新聞紙をテーブル上のシュレッダーに放った。
 シュレッダーはみるみる内に新聞紙を食べ尽くすと、最後にゲップ代わりに「データを送信しました」という音声を再生した。
 このシュレッダーは紙媒体を分解、破棄すると同時に、そこに記載された情報をデジタルデータに再構築して任意のコンピュータへ送信することが出来るのだ。


( 'A`)「その忠告、この街に二年も住んでる身としては何を今更……って感じだよ」

( ・-・ )「行為はプログラムに従えばいい。そっちのが楽だからな。だが思考はアナクロにしといた方が楽しいぞ。
      というか、そうでなきゃ人間が人間で居る意味がないし、古臭い思考そのものこそが、この世の何よりも人間らしいってもんだ」

( ・-・ )「それにな、どんなに凄い白ペンキを用意したところで無駄なんだよ。
     人間っていう黒い箱は誰にも何にも真っ白には出来ない。これまでも、そして、どんな世界でもだ」


('A`)「……」



( 'A`)「その例え、まったく分かんねぇわ……」

( ・-・ )「……けっこう自信あったんだけどな……」

.

427 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:18:20 ID:qWB5eOsI0



 それから少しして食卓に並んだのは、リゾットとミネストローネ、平べったいパンに、ドクオが今日の為に用意した二種類のワインだった。
 パンのおまけにはハムとチーズが小皿に分けて置かれている。システムの補助ありとはいえ、単なる夕食にしてはいささか豪華だ。

 シーンは思った。

( ・-・ )(異常だ、ヤバイ)


 そもそも普段のドクオならば、ラーメン、パスタ、うどんの三種麺類地獄を展開する以外の食事風景はあり得ない。

 麺を器にドン、更にドン。追い打ちにもう一品ドカン。
 そうしてテーブルに並んだ三つの麺料理を前にして、シーンが胃もたれを起こした回数はここ二年で百を超えている。
 最近は気温も上がりつつあるので、今なら前述の三種に素麺と冷やし中華を足して五種麺類地獄まであるとシーンは覚悟していた。

 だが、予想とは違いどうにも洒落た夕食である。
 シーンは、この見慣れない食卓に感動を覚えた。


( ・-・ )「……健康的だな。今日のメシは」

('A`)「まぁな」

( ・-・ )「……アレ作った甲斐があったって、たった今ようやく思えたよ……」

 先のお料理サポートHMDは、シーンがドクオ専用機として製作したマシンだった。
 『ドクオが料理をすると食材が全部泥水か生体破壊兵器になって出てくる』という深刻な理由で製作された物が今、やっと成果を上げたのだ。
 これはエンジニアとして至上の瞬間である。シーンはじんわりと広がる心の温もりを骨身に感じながら、この素晴らしい食卓を眺めた。

.

428 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:20:01 ID:qWB5eOsI0


 今までのドクオはHMDの補助があっても麺料理以外は砂利と輪ゴムが混ざったようなゴミ同然むしろゴミ食った方がマシという料理しか作れなかった。
 それが一変してイタリア料理とはどういう事か。しかも美味そうとは一体お前の身に何があった。

 オリーブオイルの香りが乗った湯気が、シーンの食欲を誘惑する。
 柄でもないと自覚しつつも、口内に湧きあがる唾液の分泌は治まる気配を見せない。


(;'A`)「……冷めるから、さっさと食おうぜ」

( ・-・ )「ああ、もちろんだ……」

 言われるまでもなく、シーンは無意識の内に椅子を引いていた。

 荒廃した胃袋にグッバイ、胃薬の乱用にグッバイ。
 シーンは爽快感いっぱいに髪をかきあげて着席した。

( ・-・ )「さぁ、ランチタイムだ」

 そこには、今にも指を鳴らして「シェフ、預けておいたワインを」とでも言い出しそうなジェントルメンの姿があった。

.

429 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:21:47 ID:qWB5eOsI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



( 'A`)「……話があるんだ」

 昼食は淑やかに幕を閉じ、卓上にはワインボトル二本とシーンのグラスだけが残っていた。


( ・-・ )「言っとくけど金はやらねえからな……今すげー良い気分だけど……おう」

 酩酊気味のシーンはテーブルに肘をつき、ボトルの口をくわえてワインを飲んだ。
 ごくり、ごくりと音を立てて喉が動く。ドクオはその勇ましい飲みっぷりを、少し唖然とした様子で静観していた。

 シーンはボトルから口を離し、ドクオを一瞥して言った。

( ・-・ )「行くんだろ、壁の向こう」

('A`)「……ああ」

( ・-・ )「だろうと思った……」

 酔いが回ると口が軽くなる。
 シーンはまた一口、ワインを飲み下した。

( ・-・ )「お前はつくづくフォックスと同じパターンだ。
      あいつもなんか動き出すって時には、こうやって俺を上機嫌にさせたもんだよ……」

.

430 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:22:40 ID:qWB5eOsI0


( ・-・ )「……二年と半年前か……」

( ・-・ )「あいつと一緒にここに来たお前は、まるで世界の終わりを見てきたようなツラをしてた……」

( ・-・ )「正直、気持ち悪くてしょうがなかった……なんだこのブサイクってずっと思ってた……」

('A`)

( ・-・ )「でもまぁ、フォックスが俺に話したんだよ……それで印象が変わった……。
      あいつはいずれ居なくなる。失くしたものを取り返しに行くんだ、ってことをな。俺に話したんだよ……」

 シーンはぐったりとテーブルに顔を伏せた。

( ・-・ )「素直にすげえと思ったよ……よくもまぁ、飽きねえ野郎だと思った……。
      やっぱお前みたいな人間には……そもそも諦めとか、そういうのが設計段階から欠けてんだろうな……」

(;'A`)「お前、もう完全に潰れてるじゃねえか……」

( ・-・ )「ああ、俺は潰れた人間だ……でもお前は違った。それだけの話……」

 シーンは一瞬俯いたが、すぐに持ち直して素面の調子を演じ始めた。

.

431 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:23:51 ID:qWB5eOsI0


( ・-・ )「まぁ行くって言うなら止めないが、何か当てはあるのか?」

('A`)「ああ。向こうの事は自力で調べてたんだ。大雑把なのだけど地図もある」

( ・-・ )「地図、見せてみろ」

 ドクオは自室からメシウマの地図を持ってきた。

('∀`)「安値で買ったんだ。やっぱこの街、何でもあるのな」


( ・-・ )「……安値だった理由、教えてやるよ」

 地図をざっと見終えたシーンが、地図上に指を突き立てて言った。

( ・-・ )「致命的なまでに情報が古い。ここ数年で向こうの地形は変化しまくってるぞ。
      この地図、見た感じじゃ五年くらい前の図だな。紙クズもいいとこだ」

('A`)「……」

(; ・-・ )「……まさかお前、こんなゴミ一つ持って向こうに行く気だったのか?」

(;'∀`)「ま、まぁ……」

(; ・-・ )「……どうしようもねえな……」

.

432 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:25:18 ID:qWB5eOsI0


( ・-・ )「そうだな……まぁ、俺は……向こうの地形データ、最新のを持ってる」

(;'A`)「……マジ?」

( ・-・ )「例の……素直クールだっけか。そいつの居所も目星をつけてある」

(;'A`)「お前有能すぎんだろ……!」


( ・-・ )「……欲しいか? 俺が持ってる向こう側の情報」

 ワインボトルを軽く振りながら、シーンは意地悪そうに笑った。

('A`)「なんだよ……金はあんまり持ってないぞ」

( ・-・ )「だったら肉体労働だ。体で払ってもらう。それか内臓の一つでも売ってみるか?」

(;'A`)「この街、マジで内臓売れるから笑えねえよ……」

( ・-・ )「冗談だ。内臓なんざ今時欠陥品だからな。今は体も機械が流行りよ」

.

433 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:26:11 ID:qWB5eOsI0


('A`)「そんで俺は何やりゃあいいんだ? なるべく短期で終わる仕事がいい」

( ・-・ )「分かってる。お前には三日間だけ働いてもらう。
      やる事は今の仕事と同じだ。俺のゲーセンに行って、あのゲームをやる」

('A`)「……それだけ?」

( ・-・ )「……そうだな……じゃあ、三日の内にラスボスまでクリアしてこい。
      ちなみに歯車王の次がラスボスだ。名前知りたいか?」

('A`)「教えてくれるんなら」

( ・-・ )「パラレル・スプラッタ。どういう相手かは戦ってからのお楽しみ」

(;'A`)「スプラッタね……やれるだけやっとくよ」


( ・-・ )「俺の方も今後三日で色々やっておく。
      実体の地図じゃ都合の悪い事もあるだろうし、あのHMDに色々組み込んでおきたい」

('A`)「ありがとう」

( ・-・ )「サービスだ。気にするな」

.

434 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:27:18 ID:qWB5eOsI0


( 'A`)「あと聞きてえんだけど、三日後なのは何か理由あるのか?」

( ・-・ )「……これは秘密のネタなんだが、三日後に事件が起きる。割とヤバイのが向こう側でな。
      だからもし向こう側に行くんならそれに便乗して行くのが一番。これが理由」

('A`)「事件? どんな?」

( ・-・ )「ディスマン」

  ,_
('A`)「……あ? なんだって?」

 シーンの即答を聞き逃したドクオが、間抜けた声で聞き返す。


( ・-・ )「『This Man』が帰ってくるんだってよ」

( 'A`)「ほぅーん……。誰?」

( ・-・ )「勝手に調べとけ。検索すりゃ出てくる。俺はもう作業に入るぜ」

 シーンは酔っている素振りを少しも見せず、しゃきしゃきとした足取りで席を立った。

('A`)「おう。んじゃ俺も今日は徹夜でゲームしてくるわ」

( ・-・ )「程々にな」

.

435 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:27:18 ID:qWB5eOsI0


( 'A`)「あと聞きてえんだけど、三日後なのは何か理由あるのか?」

( ・-・ )「……これは秘密のネタなんだが、三日後に事件が起きる。割とヤバイのが向こう側でな。
      だからもし向こう側に行くんならそれに便乗して行くのが一番。これが理由」

('A`)「事件? どんな?」

( ・-・ )「ディスマン」

  ,_
('A`)「……あ? なんだって?」

 シーンの即答を聞き逃したドクオが、間抜けた声で聞き返す。


( ・-・ )「『This Man』が帰ってくるんだってよ」

( 'A`)「ほぅーん……。誰?」

( ・-・ )「勝手に調べとけ。検索すりゃ出てくる。俺はもう作業に入るぜ」

 シーンは酔っている素振りを少しも見せず、しゃきしゃきとした足取りで席を立った。

('A`)「おう。んじゃ俺も今日は徹夜でゲームしてくるわ」

( ・-・ )「程々にな」

.

436 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:28:12 ID:qWB5eOsI0

≪3≫


 流石兄者は午後二時きっかりに起床した。
 これは仕事の為に睡眠時間を調節したのであって、決して彼が寝坊助という訳でない。

 出勤は今から三十分後を予定している。
 兄者はその予定を崩さぬよう、活動を開始した。


 特殊特化課の課長――荒巻スカルチノフから特課員に命令があったのは一週間前。
 『This Man』と名乗る人物の置き土産がメシウマのメディア関係各社で発見されてから、実に数時間後の事だった。

.

437 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:28:52 ID:qWB5eOsI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


/ ,' 3 「今朝方、街の新聞社、テレビ局などにこんな物が届けられていた」

 荒巻はそう言い、小包をテーブルに置いた。
 茶色の包装紙に包まれたそれは一度開封されており、中身は既に警察の方で保管されていた。


/ ,' 3 「実物までは手に入らなかったが、これに入っていた物は二つ。
    意図解釈困難な手紙と、人間の首から上の皮膚だそうだ」


(; ´_ゝ`)「皮膚!? そりゃあ、実物無くて助かった……」

(//‰ ゚)「それで、その手紙の内容は?」

 流石兄者と同じ特課員の横堀が、兄者の隣りから質問する。


/ ,' 3 「これだ」

 荒巻は、一枚の紙切れを提示して言った。

.

438 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:29:41 ID:qWB5eOsI0


┌───────────────────┐
│ 一週間後、あの男が街に帰ってくるよ。   │
│ みんなも知ってるあの男さ。         ...│
│ 知らない人はこれ見て覚えてね^-^v      │
└───────────────────┘

.

439 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:31:37 ID:qWB5eOsI0


(; ´_ゝ`)「うわ意味分かんねえ。なんだこれ」

/ ,' 3 「それは数ある中の一つに過ぎん。他にも多数、同様の手口で小包が届けられている」

(; ´_ゝ`)「え……皮の方も?」

/ ,' 3 「そうだ」

(; ´_ゝ`)「……手紙ってのはこれだけ? 他のも同じ文面で?」

/ ,' 3 「いや、小包に同封されていた手紙――犯行予告の文章は二通りだった。
    今ここに出したのと同じく犯行の日付が書かれたもの、そして、犯行の時刻が書かれたもの。この二通りだ」

( ´_ゝ`)「なんでまた内容を別々に」

/ ,' 3 「分からん。だが分かっていることもある。一週間後の午後四時。それが、送り主が示した犯行日時だ」

(//‰ ゚)「文中にある『これ』とは?」

/ ,' 3 「おそらく皮膚の事だろう。追々説明する」

.

440 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:32:45 ID:qWB5eOsI0


( ´∀`)「意図解釈困難。送り主も不明。小包に指紋も見つからず、送り先の防犯設備に関しても一切の痕跡なし。
      居るはずなのに居ない、でも居る。夢、幻、白昼夢。
      そんな連想ゲームの果てにマスコミに付けられた名前が、『ThisMan』なんだモナ」

( ´_ゝ`)「……あの男、って書いてあるからか?」

( ´∀`)「多分そうモナ」

(; ´_ゝ`)「だったら『This』じゃなくて『That』だろ……」

*(‘‘)*「分かりやすくて広がりやすければ、情報というのは形を選ばないんですよ」

 部屋に居る他の特課員――モナーとヘリカルが、それぞれ思うように口を挟んだ。


( ´∀`)「それに、『ThisMan』っていうのも別に勝手な呼称でもないんだモナ」

( ´∀`)「送られてきたもう一つのアレ。人間の皮膚。
      それがまぁ完全に『ThisMan』を模して、加工までされてるんだモナ」

(; ´_ゝ`)「加工……。グロは勘弁してくれ」

/ ,' 3 「さきほど警察から物の3Dサンプルデータが送られてきた。モナー、出してくれ」

( ´∀`)「あいさ」

 モナーは手持ちのタブレット端末を操作し、部屋の照明を落とした。
 間もなくして部屋の中央に青白い光が投射されると、件の人間の皮膚が、立体映像として暗闇に浮かび上がった。

.

441 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:33:41 ID:qWB5eOsI0


(//‰ ゚)「……悪趣味だな」

 広い額に、ボリュームに欠けた惨めな七三分けの丸顔。
 それに反して印象的な、繋がりかけた太い眉毛。
 潰れた下三白眼、切れ長の唇。

 人間の皮を材料に作られたそれは、『ThisMan』を連想させるに足る十分な加工が施されていた。
 

*(‘‘)*「完全に一致です。製作過程が気になります」

( ´∀`)「推測でよければ説明できるモナ。これの製作過程」

(; ´_ゝ`)「だからグロはやめろって言ってんだろ!」

( ´∀`)「ちなみに一応マスクみたいになってるモナ。被るのもまた一興」

(; ´_ゝ`)「こんなの、どう血迷っても被らねえよ」


/ ,' 3 「……話を整理しよう」

 いまいち真摯さに欠けた雰囲気に、荒巻が割り込む。

/ ,' 3 「戻してくれ」

( ´∀`)「あい」

 部屋の照明が光を取り戻すと、特課員も各定位置に戻って腰を下ろした。

 兄者と横堀は元のソファに並んで座り、モナーは床に寝転んでスレートPCを操作している。
 この中で一番の新入りであるヘリカルは、生真面目に部屋の隅に立って分厚いファイルを胸に抱えていた。

.

442 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:34:35 ID:qWB5eOsI0


/ ,' 3 「この文面が示す『あの男』が何者かは分からんが、とにかく一週間後、何かが起こる。
    我々は今後一週間、その『何か』を未然に阻止するため行動を開始する」

( ´_ゝ`)「……しかしあまりにも情報が少なすぎやしませんか。この一件が悪戯だってオチもあるでしょう」

/ ,' 3 「そうだな。だが能力者の悪戯は大災害より迷惑だ。悪戯である内に片付けねばならない」

( ´_ゝ`)「……で、犯人の手掛かりは」

/ ,' 3 「無い。何一つな」

(; ´_ゝ`)「……ハァ……」

 兄者は残念そうに息を吐き、それに続けて愚痴を漏らした。

(; ´_ゝ`)「結局いつも通りか。慣れたけどマジで鬼だよ、まったく」


/ ,' 3 「他の特課員は街の巡回に出している。
    よってこの事件の捜査にはお前達四人しか使えん」

/ ,' 3 「残り一週間、皆のスタンドプレイに期待する。
    なお勤務シフトは二十四時間体制に変更。有給は許さん」

( ´_ゝ`)(社畜……)

 こうして、特課による無休の捜査活動が始まったのだった。

.

444 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:35:51 ID:qWB5eOsI0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 メシウマ郊外にどんと構えた三棟からなる巨大な研究施設。
 それが世間一般に知られる“総合技術研究所”の本部なのだが、その中身が一般に公開された事は一度もない。

 実は能力者が中に一人居て、そいつが施設全体をたった一人で防衛してる。
 最深部には、世界を震撼させるほどの研究資料が眠ってる。

 そうした枝葉をつけた噂は多々あるが、そもそも施設丸ごと囮という答えにまで世間は気付かない。
 総技研の真の本部は、都市部のビル群に平然と紛れこんでいるのだ。


( ´_ゝ`)(だっる……有給使えばよかったな。どうせ却下だろうけど……)

*(‘‘)*「あ、流石さん。遅いですよ」

( ´_ゝ`)「遅刻じゃないからいいの」

*(‘‘)*「怠慢です」

( ´_ゝ`)「いいの」

 ビルの四十七階でエレベーターを降り、兄者はヘリカルと合流して総技研のブリーフィングルームに向かった。
 その途中、二人はここ一週間の成果を手短に伝え合った。

( ´_ゝ`)「こっちは何もなし。感覚網もお手上げ」

*(‘‘)*「こちらも芳しくありませんね。過去の超能力犯罪(スキルエラー)も一通りチェックしましたけど……」

( ´_ゝ`)「超能力は似てても別物、一つとして同じ能力はない。だから前例を見ても無駄と」

*(‘‘)*「はい……でも一つだけ推測の幅を広げる情報が」

( ´_ゝ`)「あっそ。じゃあ後でみんなの前で発表しよっか」

*(‘‘)*「この子供扱い!」

.

445 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:36:49 ID:qWB5eOsI0


 二人はブリーフィングルームの扉を開けた。
 すると先に来ていた特課員――横堀とモナーが、遅れてやってきた兄者に鋭い視線を送った。

(//‰ ゚)「集合は三時三十分、今は四十分だ」

( ´_ゝ`)「あー……」

 兄者は一瞬言葉を失ったが、すぐに傍らのヘリカルを一瞥して責任転嫁を実行した。

( ´_ゝ`)「お前のせいだぞヘリカル」

*(‘‘)*「?」

( ´_ゝ`)「お前がハッピーセット食べたいなんてワガママ言うからだ。謝れ」

*(;‘‘)*「えぇ~……」

( ´_ゝ`)「いいから謝れ。俺も一緒に謝ってやるから。ほら、せーの」


( ´_ゝ`)「ごめっ」

*(‘‘)*


( ´_ゝ`)

*(;‘‘)*


(# ´_ゝ`)「なんで俺だけ謝ってるんだよ!」

*(;‘‘)*「ほんとっ……なにかと傍迷惑だなお前は!」

(; ´∀`)「もういいモナ。さっさとミーティング始めるモナ」

.

446 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:38:35 ID:qWB5eOsI0


( ´_ゝ`)「ミーティングねぇ……そんなこと出来るほどの情報、誰かなんか手に入ったのかい」

(//‰ ゚)「よく言う。そっちも手柄はないんじゃないか?」

( ´_ゝ`)「おう」

(; ´∀`)「……つまり後手確定の出たとこ勝負。さっそく不利を背負ったモナー」


 超能力犯罪―― 一般に“スキルエラー”と呼ばれる能力者による人為的犯罪行為。
 それを事前に阻止することは、殆どの場合で不可能である。

 超能力という目に見えない拳銃を持った人間は世界中に多数存在している。
 実に人類の十分の一が能力者という現実において、目に見えない拳銃の撃鉄がいつ、どこで起こされるかなど、誰にも予測できないのだ。


 その昔、超能力がまだ表に出ていなかった頃は、ある程度こういった大規模な事件を未然に防ぐことが出来た。
 理由は明快だ。犯人の側に“準備期間”があったからである。

 無能力者が何か大きな事件を起こす場合、そのための道具や装備を揃える“準備期間”がどうしても必要になる。
 薄汚い政治家を撃ち殺すためのライフル、ビルを丸ごと吹っ飛ばすためのプラスチック爆弾。
 逃走、あるいは自爆特攻用の車両。素性を隠すための衣装。人質を使って交渉するための安全な隠れ家。

 昔は大罪を犯すには何かしらの物が必要であり、その物を手に入れるための“準備期間”が必要だった。
 今と昔が違う点はそこだ。

 昔はその準備期間に物流を辿り特殊部隊が犯人を取り押さえる事ができたが、今は多くの人々が超能力という武器を常に携帯している。
 つまり今は“準備なしで誰だろうとブチ殺せる”ような奴がごまんと居る時代なのだ。

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447 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:39:54 ID:qWB5eOsI0


 そんな時代の中で事件を未然に阻止し、被害を最小限に抑えようなどというのは現実的に考えて不可能だ。
 だが組織というものは時代によって柔軟に形を変え、常にその時代に適応しようと努める義務がある。

 特課――特殊特化課はだからこそ設立された。

 特課は構成員こそ少数だが、彼ら一人一人が能力戦、電脳戦において特Aの印を捺されてた者達だ。
 “武”の観点からではない能力者の組織的な制圧方法。
 能力の発動に使われる光源を電脳工作によって破壊する方法など、彼らは超能力犯罪に対する切り口を何十通りも持ち合わせている。

 そして特課員の大半も能力者なので、物理的戦力にも不足はない。
 何より、この部隊には少数ゆえの機動力がある。
 さすがに複数犯となると話が変わるが、相手が単独犯ならば特課のみで事件が解決されるのも珍しくない。

 今回の事件も、よっぽどの相手でない限りさっさと終わる仕事だと兄者は高を括っていた。
 他の特課員も似たような心境で、皆は揃って事件が起こる瞬間をじっと待ち構えている。


( ´∀`)「……ところでなんで技研に召集モナ? 
      上が繋がってるだけで、うちら組織的にはあんまり仲良くない気が……」

(//‰ ゚)「親睦を兼ねて協力、だそうだ。思うところはあるだろうが、仕事と思って割り切れ」

(; ´_ゝ`)「やだなぁ……」

(; ´∀`)「……まぁ……」

*(‘‘)*「でも、今回ばっかりは好都合かもしれませんよ?」

 ヘリカルの言葉に、兄者がピクリと反応した。

( ´_ゝ`)「そういやお前、何かあるんだったな」

*(‘‘)* =3

 兄者に話を振られると、彼女は大仰に腕を組んでみせた。
 完全に子供だった。飴ちゃんでも舐めてろ。
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448 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:41:15 ID:qWB5eOsI0


*(‘‘)*「過去の犯罪統計を見るに、超能力犯罪は単独で行われる場合が殆どです。
    そしてそういった単独犯の傾向として、上げられる点は三つ」

*(‘‘)*「軽挙妄動、自信過剰、誇大妄想。
     端的に言えば、つまり超能力犯罪者はバカです」

(; ´_ゝ`)「ずいぶんバッサリ切り捨てたな」

*(‘‘)*「でも、今度のは少し違う気がするんです。
     初動が余りにも的確で、まるで騒ぎを起こす事、それ自体を目的としているような……」

(//‰ ゚)「深読みすぎだ」

 横堀は諭すような口調で言った。

(//‰ ゚)「確かに『犯人の目的は騒ぎを起こすこと』という推論は頭に入れておくべきだろう。だが話はそこまでだ。
      そこから先は不安を煽る要素になりかねない。仮定に留めておかなければ、いざという時に迷いが生じる」

*(‘‘)*「……あと今度のは単独犯でもないと思います」

(//‰ ゚)「可能性の話がしたいならここの研究員にでも話してこい。喜んで聞いてくれるぞ」

*(‘‘)*「……」

(//‰ ゚)「もうすぐ時間だ。今後は、行動と結果によってのみ思考を構築しろ」

 多少なりとも褒め言葉をもらえると思っていたヘリカルは、泣かないまでも無表情で無言を貫いていた。
 それが気になったモナーは、彼女にそっと耳打ちした。

( ´∀`)「今必要なのはあやふやな言葉じゃなくて、事実と証拠なんだモナ。
      こういう事件らしい事件、ヘリカルは初めてモナ。張り切るのも分かるモナ」

*(‘‘)*「……」

 ヘリカルはまだ無言だったが、モナーの言葉に小さく頷いて応えた。

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449 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:42:51 ID:qWB5eOsI0



 兄者は腕時計を確認した。
 時刻はもう間もなく午後四時になろうとしていた。

 一週間後、午後四時。
 『あの男』の示した瞬間が、もう目の前にまで迫っていた。


( ´_ゝ`)「おい横堀、これ終わったら有給とってどっか行こうぜ」

(//‰ ゚)「……そうだな」

 横堀は、肉体機能を機械によって補助・強化されたサイボーグである。
 今では中性的で男女定まらぬ容姿と素振りをしているが、昔の横堀は純白の似合う乙女だった。
 兄者は乙女だった頃の横堀を写真で見てからは、横堀のことを女性として扱い、そして冷やかして遊んでいた。

 最初こそ横堀は兄者からの女性扱いを腹立たしく思っていたが、最近はすっかり彼を拒んだりせず受け入れるようになっていた。

 これが世に言う“籠絡”であることは誰の目にも明らかだった。
 兄者と横堀は、恋路に立つ前の、一番気軽で幸せな関係にあった。


( ´_ゝ`)「うし、ちったあやる気が出た」

(//‰ ゚)「浮かれてヘマするなよ」

( ´_ゝ`)「分かってら」

 その瞬間、メシウマに存在する全ての時計が、午後四時を回った。

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450 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:43:50 ID:qWB5eOsI0


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「……文章っていうのは……結局のところ、言いたい事を遠回しに書いてるだけなんだ……」

 モニターの光を受け、『ThisMan』の姿が暗闇の中でぼんやりと照らされていた。
 彼は協力者に向けて一方的に言葉を並べながら、コンソールパネルを叩き続ける。

「私はラブレターに『帰ってくる』と書いた……つまり、『私は元々そっち側に居たんだよ』という意味で帰ってくると書いた」

「だが、その意図には誰も気付かなかったみたいだ」

「提示された言葉を鵜呑みにするだけとは、まったく、文化の衰退を感じちゃうな」


「……誰も気付いていないと何故言える?」

 暗闇の奥で、『ThisMan』の協力者が問いかけた。作戦開始のタイミングを調節するためだった。
 『ThisMan』は協力者の質問に、薄ら笑みを浮かべて答える。

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451 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:44:33 ID:qWB5eOsI0


「簡単な話さ。だって、もし警察とかに気付かれたら家宅捜索でオジャンだった訳だし」

「事実による裏付けだよ。私はね、これでも昔は中々に名の通ってた奴なんだ」

「調べれば出てくる、私はそういう奴だったんだ」

「だから私が今こうしているという事は、今や誰もが私の存在を忘れたという事に直結する」


「時間だ。始めよう」

「ああ、もちろんだとも」

 『ThisMan』はそう言い、最後にコンソールパネルを一叩きした。


 その瞬間、まさに午後四時。
 協力者が計ったタイミングには、コンマ一秒ほどのズレもなかった。

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452 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:45:13 ID:qWB5eOsI0


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        第七話 「面汚しの夜 その1」

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453 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:47:42 ID:qWB5eOsI0

≪4≫


 ――午後四時の少し前、ドクオはメシウマのコンビニに居た。


(;゚A゚)(すげぇ、こんな所にマンゴープリンがある……!)

(;'A`)(どっかにマンゴー生えてるのかな。あとでマンゴーの苗木を探そう)


('A`)(メシウマ、やっぱ進んでるなぁ……あと街が綺麗だ。すげえ綺麗)

('A`)(それにメシも美味い。これがいわゆるコシヒカリ……)

 一杯になったビニール袋を片手に提げ、ドクオはコンビニを後にした。
 コンビニで買った各種おにぎりを次々と腹に収めながら、彼はメシウマの街道を歩き始める。


 前に来た時は観光する暇も無かったが、こうしてよく見てみると、メシウマも存外悪い場所ではなさそうだった。
 こっちでは学歴やらなんやらが生活の質を左右するそうだが、レムナント育ちのドクオには関係無い話だ。

('A`)(この街の人達は、きっと色んなことが自由なんだろうなぁ……)



(;'A`)(ッ!? なんだこれ……天むす!? エビが入ってるぞこれ!?)

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454 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:50:34 ID:qWB5eOsI0


『買い食いとは、呑気だな』

 ふとシーンの声が聞こえた。右耳に装着したイヤホンからだった。


(;'A`)「あっ! おいさっきマンゴープリンあったぞ! ここ凄くないか!?」

 シーンはドクオを無視して話した。

『とりあえず色々調べてみた。その結果……やっぱりあの塔が怪しい』

(;'A`)「あぁマンゴープリン……やっぱ買えば良かった……」

 ドクオは言い、街のど真ん中に聳えるステーション・タワーの遠景を見つめた。


('A`)「……ステーションタワーか……。てっぺんから落ちたら死にそう」

『……お前やる気あんのか?』

(#'A`)「なっ……あるに決まってんだろ! 俺は率直な感想を述べただけだ!」

『分かった! 分かった! いいから、もう俺の話を真面目に聞いてくれ』

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455 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:51:32 ID:qWB5eOsI0


『さっきあそこのデータベースを覗いたんだが、どうにも機密が多すぎる。
 一応触ろうと思えば触れたが、俺もそこまでリスク背負う気はない。そこは勘弁してくれ』

('A`)「十分だ。それよりあの中身が知りたい。ただでさえ手ぶらなんだ、攻略の糸口が欲しい」

 シーンは少しの沈黙を挟んでから、渋々話し始めた。

『悪いが、素直クールの居場所は掴めなかった。
 彼女について情報が機密に分類されてるのか、既に消去されるのかは分からない』

『ただし他に得られた情報はある』


『能力者だ。居るぞ、お前の言ってた例の二人』

( 'A`)

 ドクオの脳裏に、二人の男の顔が浮かんだ。

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456 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:52:37 ID:qWB5eOsI0


『眉毛の奴、名前はシャキン。能力、ディープドロー。相殺の能力』

『鼻高の奴、名前は盛岡デミタス。能力は不明。能力者部隊カンパニーの現トップ』


('A`)「シャキン、デミタス……」


 その二つの名前は、まだどうしようもない子供だった頃のドクオが、必死にもがいても指先一寸届かなかった男達の名だ。
 そして、その男達は目前に居る。ドクオは二年と半年を掛けて、ようやくここまで這いずってきたのだ。

 二年。シベリアでの修行半年間から、ドクオは更に二年間耐えた。
 魂が引きちぎれそうな思いは、この二年間ずっと彼の内心を焦がし続けてきた。

 今のドクオに超能力は“無い”。
 しかし、ここまで来たら最早超能力の有無は問題ではなかった。

 これまでにも素直クールを助けにいくチャンスは何度もあった。
 だがその度にドクオは足を止め、頭を冷やし、目前のチャンスを捨てて次を待った。
 それが二年だ。二年間続いた。だったらもう、思考の行き着く先は一つだった。

 今動かなきゃ何の為の人生だ――

 ドクオは力強く踏み出し、ステーション・タワーに向かってまた歩き始めた。

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457 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:53:28 ID:qWB5eOsI0



('A`)「その、さっき言ったカンパニーっていうのは?」

 ドクオは歩きながらシーンに聞いた。

『新設された武装組織。設立はちょうど二年前』

『もしあの塔に素直クールが居るとすれば、設立の理由には素直クールが絡んでるだろうな』

 それより一つ問題だ、と言ってシーンが更に続ける。


『ステーション・タワー。全長1000メートルの200階立て。これだけ聞いてどう思う』

('A`)「まったく想像できねえ。ただ落ちたら死ぬのは分かる」

 イヤホン越しに、シーンの小さな笑い声が聞こえた。

『まあいい。聞け』

『素直クールの居場所は不明。それに最悪の場合、あの塔に彼女は居ないかも知れない』

『そういう可能性を考慮して、お前にはまずあの塔の最上階を目指してもらう』

『最上階に塔の管理システムの一部がある。そこまでお前が行けたんなら、俺がシステムを破壊してまず一段落だ』


『……で、問題。システムを破壊した後どうするかだ。恐らくあの塔、地下がある』

( 'A`)「……恐らくって、把握できてないのか?」

『ああ、俺の勘だ。つっても根拠が無い訳じゃない』

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458 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:54:28 ID:qWB5eOsI0


『あそこ、ステーション・タワーは表向きには観光案内所って表記されてるが、どう考えても変だろ』

『あれだけ巨大な建物、まさか本当に観光案内所だったら鼻で笑うところだ』

『んでまぁ怪しく思って電力消費を調べてみた。そしたら案の定、数値が変だった』


('A`)「電気をたくさん使ってた?」

『いや、その逆。あの規模じゃあり得ないほど電気を使ってなかった』
  ,_
('A`)「……それが地下の存在とどう結び付くんだ?」

『もちろん俺が見た数値は改竄された数値だろう。だったら本当の数値は何だ? って話になるが……』

『……元々小さな数値を、わざわざ更に小さく書き換える必要があると思うか?』

 そこまで言われて、ドクオもようやく理解した。

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459 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:56:54 ID:qWB5eOsI0


('A`)「……つまりなんだ。上まで何とかして行けたとしても、下にクーが居たなら全部やり直し」

『違う。やり直しどころかほぼ詰みだ。だから、どうするって聞いたんだ』

 ドクオは考えるまでもなく言った。

('A`)「そんなの決まってんだろ。上に居ないなら下に行く。下に居なくても街中ひっくり返して探し出す」

('A`)「俺は今日、そういう事をしにここに来てるんだぞ」

『……分かったよ、最大限てめえのバカに付き合ってやる。もうすぐ四時だ。準備しろ』

( 'A`)「分かった」

 ドクオは街道を外れて公園に入り、公衆トイレの個室でリュックサックを下ろした。


 リュックの中身は、戦闘用の装備一式だった。

 防護性能は一段落ちるが、軽量で動きやすい防弾防刃のボディアーマー。
 黒の耐切創手袋、レッグホルスター、オートとリボルバーの銃が一丁ずつ。
 オートは装弾数三十三発、リボルバーは六発で弾丸の予備はそれぞれ1セット。
 そして能力者相手では最も使い所が難しい武器であるスタングレネードが三つに、逃走用のスモークグレネードが三つ。
 ポケットナイフが一本。炭素繊維を編み込まれた10メートル分の細いロープ。
 そしてとっておきの隠し玉として、圧力に反応し爆発するシールタイプの特殊対人地雷毯を10センチ四方で二十枚。
 最後に、シーンが改造に改造を尽くした特製のHMDと、以上の道具を分けて持ち運ぶ為のウエストバッグが一つ。

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460 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:58:07 ID:qWB5eOsI0


 ドクオは、それらの装備を一つずつ点検しながら身に付けていった。

 黒地の長袖シャツの上にアーマーを装着し、元々着ていた茶色のジャケットを羽織りなおす。
 ジャケットの両前腕部分のポケットには、特殊対人地雷毯を十枚ずつに分けて収納。
 グレネード二種、予備弾丸、ロープはまとめてウエストバッグに入れて携帯。ポケットナイフは文字通りズボンのポケットへ。
 メインで使うオートは胸の内ポケット、お守り代わりに持ってきたフォックス譲りのリボルバーは、右足のレッグホルスターに。


 最後にHMDを装着し、起動。
 視界がシステム越しの映像に占領され、視界の至るところを可視化されたプログラムが動き回る。
 それから数秒経ってHMDが完全に起動、安定。準備が完了した。


('A`)「……準備終わった」

『右耳のイヤホン、外し忘れてるぞ』

(;'A`)「おっと」

『午後四時まであと二分だ。ここからはHMDの方に音声を送る』

('A`)「分かった。トイレ出るぞ」

『トイレ、いいのか』

(;'A`)「……」

『……なーにが準備終わっただよ……』

 HMDから、シーンの呆れた声が返ってきた。

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461 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/16(火) 23:59:46 ID:qWB5eOsI0


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(*'A`)「スッ……キリ」

 五分後、ドクオは水洗の音と共に公衆トイレから出た。
 ここまで道具を持ち運んできたリュックサックと連絡用のイヤホンはトイレに置いてきた。
 この先は戦場、そこでは単なる邪魔物になってしまう。用の済んだ物は早々に放棄して正解なのだ。


('A`)「……で、問題の午後四時過ぎてるけど、なんか起きたか? かなりゆっくりウンコしたんだけど」

『……いや、なんもねえ、まったく。平穏の極みだ。街のカメラには何にも映ってな――』

 シーンの声が不意に途切れる。
 ドクオはHMDに手を掛け、切迫した口調で言った。

(;'A`)「どうした!? なんかあったのか!?」


 ドクオがそう言った時、遠方から爆発音が響き渡り、黒煙が空に立ち昇った。

 しかもそれは一度では終わらなかった。
 爆発は断片的に続き、街の至るところで人々の悲鳴が木霊する。
 その悲鳴も間もなく銃声の中に消え、街の各所で高鳴る警報機が銃声をさらにかき消していく。

 一瞬の内に展開された異常事態。
 シーンの答えを待つまでもなく、ドクオは“いよいよだ”と確信した。

『暴動ッ……いや、いい! とにかく始まったんだ! 何かが!』

『行くぞ! 予定通りだ、構わず塔まで突っ走れ!』

(;'A`)「おっ、おう!」

 徐々に深まっていく街の混沌を横目に、ドクオは街の中心にそびえるステーション・タワーへと駆けだした。
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463 名も無きAAのようです[sage] 2013/07/17(水) 00:11:13 ID:aiI83fvA0
こんなにも先が気になる所で切るなど鬼の所業





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