( ^ω^)ツンちゃんと僕のようです

1 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:44:54 ID:sP38aRcM0
とても短いです

2 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:46:12 ID:sP38aRcM0

 お盆の時期に現れる虫はご先祖様であるという俗説があるが、そもそも、全ての虫は精霊なのである。
能力のある人ならきちんと精霊の姿で見えている。僕の能力は不完全で、ひどく疲れていると虫の姿で見えてしまう。
そして、僕は虫が苦手だから困り物だ。

3 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:47:04 ID:sP38aRcM0

 そんな僕の部屋に、気付いたら精霊が住み着いていた。
一切の自己主張をしないその精霊はいつから住み着いていたかもわからない。
僕がぐうぜん見つけなければ言葉を交わすこともなかったろう。
編み物が好きらしく、その能力も、布地から毛糸を紡ぎだすというささやかで可愛らしいものだった。
名前はツンというらしい。実に愛らしい小さな少女のかたちをしている。
恥ずかしがり屋な性格で、名前を聞き出すのにも時間がかかった。
僕がツンちゃんのことを、虫ではなく本来の姿で見えているということを告げると、
髪型を急いで整え始めた。金の髪がせわしなく揺れていた。

4 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:48:54 ID:sP38aRcM0

 恥ずかしがり屋であまのじゃくな彼女が、
徐々に会話に応じてくれるようになってくれるのが嬉しくて、彼女は僕の日々の楽しみになっていた。
いや、言葉を交わさずとも、見ているだけで飽きないのだ。彼女は本当に愛らしく、可愛らしい。
僕は初めてこの能力に感謝した。さいきん仕事が忙しくて、だから理不尽なことも多くって、
だから彼女の愛くるしさは僕の救いみたいなものだった。
夢のようなひとときは、現実逃避にすらなり得た。

寝不足気味の頭で、そもそも、なんでこの能力のことあまり好きではなかったのだっけ、とぼんやり考えた。
……さて、なんでだっけ。回らない頭では、目的にむかってまっすぐ考えることも難しい。僕は思考することを諦めた。
ツンちゃんをみやると、僕が幼少期から惰性で置いているくまのぬいぐるみから茶色い毛糸を紡ぎだしている。
彼女が小さな手で紡ぐ糸は、ころんと小さな毛糸玉になって、それがまた可愛らしい。

5 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:49:50 ID:sP38aRcM0

 そんな風にぼんやりツンちゃんを眺めているうちに、机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。
机の上にしたたったよだれをティッシュで拭きとる。学生時代、よくこんな風に寝てしまって、よだれを指摘されてはきたねえって友人に笑われてたっけ。
変なノスタルジーに襲われる。会社員になってしまって5年目、とっくに学生気分からは脱却したはずなのに。
……したからこそ、か。ため息をついた。なんでもないのに目頭が熱くなる。弱っているんだ、と自覚した。
時刻を確かめると午前3時。あと数時間で会社に行かなければならない。もう一度、深くため息をつく。ねえ、と少女の声がした。

 思いの外近くに、ツンちゃんが居た。目があうといつも目線を逸らせる彼女が何故か今は僕をじっとみつめている。
よだれの後でもついているのかと必死で口元を拭う。なにかついてる?とへらりと笑ってみると、彼女はどこかに隠れてしまった。
機嫌を損ねてしまったかな。しかし、すぐにツンちゃんは僕の前に現れた。両手いっぱいに毛糸玉を持って。
いつの間に、そんなに紡ぎだしたのだろう。でもどれも見覚えのある色である。
僕の部屋を中心に、僕の家のいろんな布地から、こんなにも小さな手で、彼女がせっせと紡ぎだしたのだ

6 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:51:04 ID:sP38aRcM0

 どの色がすき?と聞くので、少し迷って、淡い黄色の毛糸玉を選んだ。
母親のひざ掛けから紡いだのだろうその毛糸玉は、ツンちゃんの髪の色によく似ていた。
手袋をつくってあげる、と彼女は言った。もうすぐ冬だから、とも。

率直に嬉しい、と思った。だけど次の瞬間に、彼女の小ささを思い出した。
僕の手は彼女の身体よりも一回り大きく、それを二つも作るとなると、それはなかなか骨のおれる作業に違いなかった。
大変じゃない?と聞くと、鼻で笑われた。べつに。そういう精霊だから。ぜんぜん、と。

そういうものなのかな?僕は精霊が見えるだけで、そういった知識はほとんど持っていなかったのでよくわからない。
でも、と言いよどんだ僕のことは無視して、ツンちゃんは再び両手いっぱいに毛糸玉を抱えてどこかに隠れた。
しかし、持ちきれなかった毛玉がてんてんと転がってしまっている。
それを指先でやさしく拾い上げて、心ゆくまでその小ささに感動したり感心した後、僕は丁寧に机の上に並べた。
なんだかよく眠れそうな気がした。

7 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:52:03 ID:sP38aRcM0

  平日の終電に乗っているような人たちは、僕と同じように疲れ果てて顔が死んでいる人ばかりだ。
遊びほうけたんだろう大学生が遠い存在のように輝いて見える。数年前まで僕だってそっち側だった。
働かずに食う飯は美味いか、なんて煽りが2chではよくあるけど、働き過ぎると食欲なんて無くなる。ああ。
社会人になる前は何したってご飯は美味しかったのに。

電車に揺られながら、そんなどうでもいいことを考えた。
仕事のことや上司のことを考えると吐きそうだったから、必死にどうでもいいことを考えた。
元来ポジティブ思考の僕をここまでネガティブにするなんて大したもんだ。
とりあえず仕事に一段落がついたのだ。ベッドで泥のように眠ろう。後のことは後で考えればいい。
とにかくもう、溶けるくらい眠りたいんだ。

玄関で靴を脱いでいると、死にかけのカマキリがピクピクと動いていて、気持ち悪く思った。
僕は虫が嫌いなのだ。足でツンツンとつついて、玄関から追い出した。

8 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:52:52 ID:sP38aRcM0

 母親の夕飯の勧めも聞かずに、僕はベッドに飛び込み、眠り込んだ。
次に起きたときには次の日の夜だったので驚いた。さすがにお腹も空いていた。
漫画みたいな音を立ててお腹が鳴ったので、一人で笑ってしまった。
元来の僕の思考回路が戻ってきた感じがして、安心した。やっぱり相当追い詰められていたらしい。

夕食を食べ終え部屋に戻ると、自分の部屋の汚さに気付いた。
元々お世辞にも綺麗な部屋ではなかったし、ここ数日は帰って寝るだけの生活だったけど、だからといってこれはない。
僕の部屋は乱雑ではあったが不潔では決してなかったはずだ。

げんなりしながら部屋を片付ける。ドアからベッドに向かって点々と脱がれていっている服や靴下、
食い散らかしたお菓子やパンの袋、散乱する仕事の書類。そしてそれに混じって、小さな毛糸玉たち。

ツンちゃん、と名前を呼ぶ。返事はない。
やっぱりか、と思った。僕の部屋の汚さには前々から苦言を呈していた彼女である。
小さな顔を真っ赤にして怒っている姿がたやすく想像できた。

9 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:53:43 ID:sP38aRcM0

 部屋を片付けながらも、僕は笑顔であった。彼女の機嫌を直す手立ては既に用意してあったのだ。
掃除中に見つけた小さな毛糸玉たちを机にならべ、その横に、可愛らしくラッピングされた袋を置いた。
彼女さんにプレゼントですかと聞かれて、思わずはいと答えてしまったのだ。
きれいなお姉さんに綺麗に包まれたその袋は、僕の部屋にまったく似つかわしくないが、ツンちゃんにはきっと似合う。
手袋のお礼にと買っておいたプレゼントだが、今渡してしまってもいいだろう。

掃除を出来ない人にありがちなことだが、一度掃除を始めるととことん綺麗にしてしまう性質の僕である。
気が済む頃には明け方に近い時間だった。これならツンちゃんも文句を言わないだろうと僕は微笑んだ。
ちなみに、見つけた毛糸玉は数十個に及び、ころころと愛らしく僕の机に転がっている。

ツンちゃん、と名前を呼んでから、なんと弁解しようか悩んだ。
何日も話を出来なくてごめんとか、寂しくさせてごめんとかいうと、つよがりな彼女を傷つけてしまう気がしたし、
何よりちょっと偉そうだと思った。彼女との会話で癒やされていたのは僕で、話をしたかったのも寂しかったのも僕なのだから。
うんと悩んで、部屋を汚いままにしてごめんね、プレゼントがあるんだ、と言った。喜んでくれると思うんだ。

10 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:54:41 ID:sP38aRcM0

 それでも返事がなかった。
掃除を始めたから避難でもしているのかなと思い、しばらく待ってみても居なかった。寝て起きてみても状況は変わらない。
僕は毎日呼びかけたけど、ツンちゃんが返事をしてくれることも、机の上の寂しい毛糸玉たちが持ち主の元に帰ることもなかった。

いよいよ不安になった僕は、タンスの裏やらベッドの下、ありえないと思いつつも座布団の下まで捜索した。
そうして、チェストの裏にあった一対の黄色い手袋を発見したのであった。
あの会話から一週間も経っていないのに、もう完成していたのか。
編み物のことはよくわからないけど、普通のサイズの人間だってこんなに早く編みあげられないと思う。
はめてみるとぴったりで、なぜだか涙がこぼれた。あんな小さな手で、毛糸もたくさん必要だったろうに。

ツンちゃん、手袋ありがとう、毎日つけるよ、ねえ、意地悪しないで、いくらでも謝るから、ほら、可愛いハンカチ買ってきたんだよ、
百貨店で買ったんだ、高かったからふわふわだよ、ピンクのハンカチなんて買うの恥ずかしかったんだよ、他の色がいいなら買ってくるよ、
ねえ、出てきて、いくらでも謝るからさ・・・

がらんとした部屋に、涙声は吸い込まれていった。

11 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:55:46 ID:sP38aRcM0

 座り込んで、机の上に転がる毛糸玉を眺めていた。どれくらいそうしていただろうか。
その時は突然訪れた。唐突に僕は理解した。頭をぶん殴られたみたいな衝撃だった。
弾かれたように部屋を飛び出し、階段が壊れそうな音を出しながら駆け下り、家を飛び出した。

僕には可愛すぎるピンクのハンカチを握りしめたままで、
半狂乱になって家の前を這いつくばって探したけれど、ツンちゃんは見つからなかった。
当たり前だ、何日も前のことなんだ、僕が死にゆくツンちゃんを家から追い出したのは。

ごめんね、ごめんね。人目もはばからず僕は号泣した。
君があんまり可愛かったから、僕、君が虫だってこと忘れていたんだ。
あんまり愛らしくて、大好きだったから、君がカマキリだったなんて思いもしなかったんだ。ごめんね、ごめんね……。

12 名も無きAAのようです 2013/10/11(金) 21:57:17 ID:sP38aRcM0



おしまい。ありがとうございました。

19 名も無きAAのようです[sage] 2013/10/12(土) 00:03:51 ID:NZCMr9h60
なんだよ…哀しいじゃねーか…

21 名も無きAAのようです 2013/10/12(土) 00:08:43 ID:ZVcBz6Ys0
悲しいけど、こういうの大好きだわ
乙乙

22 名も無きAAのようです 2013/10/12(土) 00:55:11 ID:ehlCbGGoO
乙!
ああああやりきれねぇ
実際あったことのようだ




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