(゚、゚トソンフラジールのようです

293 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:42:19 ID:UJ9Oroso0
12.要らない

「助けて下さい」と切望した私が指定した日付は、翌週の水曜日だった。
説明会の予定などを鑑みなければならなかったし、何より一両日中に彼と会うには覚悟が足りていなかった。

場所は喫茶店『浪漫S区』、時刻は一時四十五分。
私はいつもより早くから、内藤氏の来訪を待ち受けていた。
今日に限っては時間が有り余っていた。だから今一度考え直さなければならなかった。

内藤氏に何を告げるべきか。どのようにして、助けて欲しいのか。

説明会の会場で無心になって、説明者の話す何一つ面白みのない仕事紹介などを傾聴し、
それを機械的にノートに筆記する作業をしている間、私は自分の悩みごとから逃避できた。
家に帰れば履歴書、エントリーシートの増産。幸い体調はすぐ回復したので、余計な思案に耽らずに済んだ。

そして今日を迎えた。思えば一週間など矢のように過ぎていくものだ。

二月も半ばになり、いよいよ明日は最初の面接が待ち構えている。
対策など何一つしていない。集団面接とかいう形式らしいので、
周りを参考にする練習と考えよう、などと安易な妥協案が浮かぶ。

ただ、今、私はここで内藤氏に投げかける言葉を自分一人で考えきらなければならない。
抑えつけていた自虐心は驚くほど簡単に競り上がってくる。
ともすれば涙になって放散されそうになるのを、何とか言葉にしようと努めてみる。

しかし、考えに考えても、結局行きつく先にあるのは、ただ『分からない』という思考放棄だけだ。

294 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:43:27 ID:UJ9Oroso0
助けを求める相手として内藤氏が妥当だったかどうかも、分からない。
いや、常識的に考えれば限りなく不正解に近いだろう。彼は公的な『変人』なのだ。
そこから得られる忠告にが、世の中に通用するとはとても思えない。

それでも、私が内藤氏を頼るのは。
彼と同じく世の中に通用しない考えばかりに明け暮れてしまう私に、
何らかの痛恨の一撃を与えてくれるのではないか、と期待しているからだ。

だが、内藤氏は一方で私の手の届く範囲の『変人』であり、
故に『凡人』の範疇を超えない人物でもある。
そんな彼は果たして私の世界を改革してくれるのだろうか。

(゚、゚トソン「……」

そう言えば、と私はここ数日を振り返す。
片手間にエントリーシートを記入していく作業の傍ら、私は何度か小説を書こうと挑戦してみた。
今の自分に才能が芽生えているかどうか、内藤氏に判断してもらいたかったからだ。

しかし結果として、私は一文字として新しい小説を紡ぎだすことが出来ないままだった。
当然と言えば当然かもしれない。新しい発想が浮かんだわけでもなければ、
気の利いたフレーズに思い当たったわけでもなかったのだから。

それでも、私はささやかな絶望感に苛まれることになる。
もしかしたら私はこのまま、ずっと小説を書けないのではないだろうか。
そして、小説を書かない、ということは私自身にとってどれほど重い事実なのだろう。

それを失くして、私の人生は順行し得るのだろうか。

295 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:44:25 ID:UJ9Oroso0
自動ドアが開く音がする。私は思わず首を伸ばして入口のほうを見遣った。
見覚えのある、揺らめく長身。希薄な存在感。それが悠然と、こちらへ向かってくる。

彼が内藤氏であると認識した直後に、私は俯いてしまった。
有体に言えば、どんな顔をして接すればいいのかが分からなかったのだ。
勝手に飛び出しておきながら、そして再び呼び出しておきながら、何と無様な格好だろう。

彼は注文をすることなく、私のもとへ真っ直ぐ歩いてきた。
視界の端に映るいつもの服装、いつもの鞄。
覚束ない両手で椅子を引き、墜落するように座り込む。

(゚、゚トソン「……」

( ^ω^)「……あの」

内藤氏は私のつむじ辺りでも眺めているのだろうか。視線を感じるのは間違いない。
彼はポケットから五百円玉を取り出し、私の目の前に置いた。

( ^ω^)「申し訳ないですが……今日は、その、注文してきてもらっても構いませんか」

(゚、゚トソン「あ……」

( ^ω^)「いつもの……コーヒー、を。砂糖も、ミルクも、無しで構わないので……」

目を上げて初めて内藤氏の顔を見つめ、愕然とする。
酷い肉体労働を終えた直後のように上気し、疲弊した顔。
その弛緩しきった筋肉を何とか持ち上げていつもの笑みを浮かべているような具合だったのだ。

296 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:45:46 ID:UJ9Oroso0
(゚、゚トソン「あの、大丈夫、ですか」

( ^ω^)「え……ええ。はい。ちょっと、薬の用量を間違えたのかも……」

(゚、゚トソン「全然、大丈夫じゃないでしょう……」

( ^ω^)「いえ、少し落ち着いたら、治りますから……」

そういって荒く息を吐く内藤氏は、まるでサナトリウム文学の登場人物のようだった。
穏やかながら、どこかで死を予期している人物の、苦しげな笑顔。
見ているのが辛く思われ、私は彼のコーヒーを注文するために席を立った。

そうしてコーヒーを運んで戻ってきたとき、確かに内藤氏の表情はやや平静を取り戻したようだった。

しかし手の震えはいつも以上であるらしく、
カップを揺らして少しずつコーヒーをこぼしながら口にしようとする内藤氏の姿は、
いっそ憐憫の情すら誘うものであった。

( ^ω^)「手の震えは……気にすれば、するほど、ひどくなるんです。
      だから普段は気にしないよう心がけてるんですが……ここまでくると、
      さすがに、無理ですよね……どうしても気にしてしまいます」

いつもと同じ口調を貫く内藤氏に、ただ私の罪悪感だけが積み重なっていく。

297 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:46:32 ID:UJ9Oroso0
(゚、゚トソン「すいません……そんな時に、呼び出してしまって」

( ^ω^)「いえ、いいんです……僕が体調悪いのなんて、いつものことですから」

(゚、゚トソン「それでも……」

( ^ω^)「それに、僕も、会いたかったですから……」

切れ切れに吐き出されたその言葉に、私の心が音を立てて軋む。
以前内藤氏は、もうハインに会いに行くことは無いだろうと言っていた。
また、自分を、『他人を是認する能力』によって寄せ集められた一人なのだとも。

ならば、内藤氏にとって私はハインの代替物なのだろうか。
彼の言う「会いたい」の真意はどこにあるのだろう。

( ^ω^)「……僕は、所詮こんな身なりですけれども、
      それでもやはり、自分に出来ることがあればしておきたいと思うのです。
      特に、相手が私にとって大切な人であるなら」

( ^ω^)「聴かせてください、貴方の、悩みを……」

298 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:47:16 ID:UJ9Oroso0
(゚、゚トソン「……私には、分からないんです」

ふと、自分を饒舌に切り替えるとき、奇妙な浮遊感を覚える。
饒舌になるためだけに作られた人格が頭の中へ乗り込んでくるような感じ。
自分で作った筋書きになぞらえて、淡々と演じているような感じ。

(゚、゚トソン「私にはしたいことがありません。就職活動をしていても、それは見つからないんです。
     けれど時間は過ぎていくし、その中で私は、自分のするべきことを決めなければなりません。
     でも、何もしたくない私には、何かが出来るとは全然思えないんです」

(゚、゚トソン「就職活動を通じて幾人かの社会人の方と知り合いました。
     彼らは当たり前のように仕事をして、当たり前のようにお金を稼いでいます。
     出来れば私もそうした人になりたい、いや、もしかしたら割となれるものなのかもしれないです」

(゚、゚トソン「それでも踏ん切りがつかないというか……。
     自分の中の何かがそうして社会人になっていくことを否定するんです。
     甘えなのかもしれないです。でも、そういう気持ちが、引き離せないんです」

(゚、゚トソン「ここしばらく、小説を書いていました。いや、書こうとしていました。
     でも、何も書けませんでした。書きたいという気持ちはあっても、形に出来ないんです。
     こんな気分になったことは、今までにありませんでした」

(゚、゚トソン「私は焦っているのかもしれません。時間というものがただ消費されていくものだと思い知らされ、
     そのために自分に残されている時間が案外と少ないのではないのではないかという恐怖に憑かれて、
     何かを残そうとして、何かを表現しようとしてもがき苦しんでいるのかもしれないんです」

299 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:48:02 ID:UJ9Oroso0
内藤氏は、時々首肯しながら、ただ黙って私の繰言を聴いてくれていた。

(゚、゚トソン「私が元々内藤さんと会うことになったのは、ハインが引き合わせてくれたからです。
     それも、私が『変人』を求めているという、ただそれだけの理由で。
     私は自分が、『変人』と出会うことによって変化できると思っていたんです」

(゚、゚トソン「けれど、私本人が凡人である以上、誰と関わったところで何も変わらないみたいです。
     私はこれまでにも多くの変な人と接してきました。私は、そういう人が好きでした。
     でもそれを溜め込んで、表現に変換する私は、何の変哲もない一枚の濾紙だったんです」

(゚、゚トソン「そういう自分であるということに、もっと早く気付いたらよかったのかもしれません。
     いや、いっそのこといつまでも気付かなければ良かったのか……。
     ともかく、私はこんなタイミングで気付いてしまいました。もう、後戻りできないんです」

( ^ω^)「……都村さん」

(゚、゚トソン「結局、何者にもなれない私は何者でもないまま終わってしまうのでしょうか。
     終わる、とはどういうことなんでしょう。そんな言葉一つで私は諦められるのでしょうか。
     これから、私は、自分自身に区切りをつけて前向きに歩めるのでしょうか」

(゚、゚トソン「……以前内藤さんは、私に、なぜ小説を書くのか、問いましたよね。
     その答えがようやく見つかりました。私は多くの人を呑み込もうとするが故に、
     自分を蔑ろに全ての他人を取り除いた心には、最早一滴の水も残らないんです」

(゚、゚トソン「私が小説を書くのは、どこにもいない自分を、探し続けようとしていたからかもしれません」

300 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:48:54 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「なるほど」

不意に途切れた私の言葉に呼応するかのように、内藤氏は呟いた。

( ^ω^)「……僕は、都村さんが何者でもないとは思いませんよ。
      だって、都村さんは都村さんじゃないですか。他の誰である必要もありません」

(゚、゚トソン「でも……それなら、私はいったい何者なんですか。
     誰が、私という、人、というか、存在を、保証してくれるんですか……」

( ^ω^)「自尊心、という言葉がありますよね。知ってますか?」

(゚、゚トソン「……はい。大学の、授業で」

( ^ω^)「プライドとは異なる、自分を大切にしようとする感情……ですね。
      僕はカウンセラーじゃないですからよくわからないんですけど、
      都村さんは、何らかの理由で、極端に自尊心が低下してしまっているのではないかと」

( ^ω^)「遺伝的要因とか、環境的要因とか……まあ、原因なんて探っても分かりませんが。
      都村さんは他人に対して無闇に協調、共感しようとするあまり自己を失いがちなのです。
      そのせいで、自分の人生を、より生き辛いものにしているのではないでしょうか」

( ^ω^)「最終的に自分を攻撃、してしまうから」

301 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:49:52 ID:UJ9Oroso0
(゚、゚トソン「……」

( ^ω^)「それは誰にも迷惑をかけない方法でもあるのですが、
      一方で自分の脆さを外敵から守る回避行動でもあります。
      それでも自己否定は止まらず、とことんまで自分を追い詰めてしまう……」

( ^ω^)「小説にしてもそうです。どうやら貴方の書く小説は……いわば一般的なエンターテインメントではなく、
      自分の感情や思想を、小説という形式を用いて吐き出すタイプのものです。
      今の時代にこういう小説を書くというのは、自尊心の低さの表れではないかと」

( ^ω^)「つまり、本当に自分が言いたいことを自分の口からは言えずに、
      小説という媒体を通すことで何とか代弁させられているのではないですか」

彼は……内藤氏は、たった一片の短編小説からそれを読み取ったというのか。
いや、恐らく違うだろう。彼は自分で、少ない材料で判断したくはないと言っていた。

ならば何故か。私と彼が、似ているからだ。

(゚、゚トソン「……それが、分かったところで、今更どうすればいいんですか」

( ^ω^)「……」

(゚、゚トソン「誰かが私に自尊心を与えてくれるんですか。私も病院に行けばいいのですか。
     それとも、私は、私の自尊心を芽生えさせられるのですか。それは、簡単なことですか。
     芽生えた自尊心というものに寄り添うだけで、本当に私は生きていけるのですか」

(゚、゚トソン「……内藤さん」

( ^ω^)「はい」

(゚、゚トソン「例えば、貴方は……」

(゚、゚トソン「……」

(゚、゚トソン「例えば、付き合うというような形で、私の存在を保証してくれますか」

304 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:50:41 ID:UJ9Oroso0
それは、ほとんど脅迫のような言葉だった。
そして、自分自身を徹底的に破壊するための言葉でも、あった。

つまり私は問うているのだ。
お前ごときに私が救えるのか。お前は私ごときに人生の一部分でも差し出せるのか。
相手の好意を踏みにじるような言葉。自分が異性であるということを、利用した言葉。

最低の、言葉。

( ^ω^)「……分かりました」

( ^ω^)「貴方は、そこまで、追い詰められているんですね」

私はいったい何に追い詰められているのだろう?
考え直せば馬鹿馬鹿しい話だ。将来への漠然とした不安とか、その程度ですらない。
しかし、そんな馬鹿げた話にさえ追い詰められてしまうのが、私という人間なのだ。

( ^ω^)「結論から言えば、僕には貴方と付き合うというようなことはできません」

( ^ω^)「……けれど、他の男性なら割と簡単に貴方を受け入れるのではないでしょうか」

( ^ω^)「悲しい話かもしれませんが、それは外見的な評価、という一点に於いて、です」

(゚、゚トソン「……」

305 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:51:46 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「都村さん、一つ提案なのですが」

(゚、゚トソン「……はい?」

( ^ω^)「今から、僕の部屋に来ませんか」

( ^ω^)「お見せしたいものが、あるんです」

相変わらず柔和な笑みを浮かべてそう言った内藤氏からは、
当然ながら少しの悪意も見受けられなかった。彼は私が断れば簡単に引き下がるだろうし、
受け入れたとしても目を輝かせて喜ぶような真似はしないだろう。

( ^ω^)「それに、ここでは」

( ^ω^)「話せることも限られていますから……」

この期に及んで彼は何を言い出す心づもりなのだろう。
私に向かって、どのような方法で表現してみせるのだろう。

いずれ、私はもう言葉の限りを尽くしてしまっていて、唾棄すべき言葉すら吐いてしまっている。
もう私の内側には、およそ秘密と呼べるような想いは何も残っていない。

私はただ頷いてみせた。

(゚、゚トソン「何だか、とても寂しいです……」

と、凍えた息のような言葉を落として。

306 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:53:09 ID:UJ9Oroso0
つんのめるような歩き方をする内藤氏の後ろからただ黙ってついていきながら、
私は全く以てどうでもいいことを考えていた。

例えば、目の前に二人の男性がいるとする。
外見はほぼ同じ。身分も、甲乙つけがたいと言っても構わない。
しかし一方は小説を書いていて、他方は別の趣味を持っている。

自分なら、どちらを選ぶだろう? 多分、小説を書いていないほうではないだろうか。

小説を書く、などという趣味は尋常ではない。そこに至るまでに、何らかの、
性格的な紆余曲折があったはずだ。つまり、その性格は歪んでしまっている。
そういう相手と一生の大部分を共に過ごすのは至極面倒だ。

あまつさえ、そうやって性格の歪んだ人間が、二人揃ってしまうともなれば。

男性が言い寄ってきたときに『私の趣味は小説を書くことです』と言えば向こうから忌避するのではないか。
そこで忌避する男性は正常だ。そこで忌避せず、むしろ積極的になるようであれば、
それはそれで面倒な人間であるに違いない。こちらからお断りを入れるとしよう。

随分と役に立つ発見をしたものだ。
ただ問題は、この発見を使う機会が無いということだが。

( ^ω^)「つきましたよ」

そう言われてふと顔を上げる。
佇んでいたのは、私が借りているアパートを些か豪華にしたような建物だった。

307 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:55:01 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「多分そこまで散らかってないと思うから……遠慮なく上がってください」

そう言われて通された部屋は、私のアパートなどよりは遥かに広い空間だった。
家族で住んでいても十分事足りるリビング・ダイニング。
そこから繋がっている二つの部屋は、いずれも私のワンルームと同じぐらい広い。

( ^ω^)「ああ、そっちの部屋は物置です……といっても、本ばかりですけど」

ただ、そういった全てに奇妙なほど生活感が無かった。
新築の……というよりは、早くも廃墟と化してしまったかのような具合。
流石に内藤氏の一人暮らしではこの住空間全てを使い切るのは不可能だろうが……。

( ^ω^)「リビングも、殆ど使わないんです。使うのは、こっちの寝室だけで……」

電灯のスイッチが入って照らし出されたその部屋には見覚えがあった。
ある意味で私が初めて内藤氏と出会った場所ともいえる。
彼はこの部屋で自分の姿を撮影し、Youtubeにアップロードしていたのだ。

まっ白い壁とベッド。その反対側にあるのは、想像していたものよりは小ぢんまりとしたノートパソコン。
その横には無数の薬袋と薬の説明書らしき紙が散らばっている。

( ^ω^)「ああ……ごめんなさい、ここだけちょっと、散らばってて」

衣類の類は見当たらない。皆クローゼットにしまわれているのだろうか。
キッチンにも食料品の類が見つからなかったせいか、本当に内藤氏がここで生活しているのか疑わしくなる。
もしかして、彼は私と会ったりする時以外は、死体となってこのベッドに横たわっているのではないか。

309 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:56:09 ID:UJ9Oroso0
(゚、゚トソン「それで……見せたいもの、というのは?」

( ^ω^)「都村さん」

内藤氏はベッドに腰掛け、天井に向かって息を吐いた。

( ^ω^)「……昔、昔のことです。僕も貴方と同じように小説を書いていました。
      僕は、小説が世の中を変えると思っていました。いや、世の中とは言わなくても、
      一人や二人の人生ぐらいなら、変えられる影響力を持てるのではないかと考えたんです」

( ^ω^)「でもそれは叶わなかった……いや、叶えられませんでした。僕に才能が無かったからでもあります。
      それでも、僕は諦められなかった。曲がりなりにも社会に出てまで、自己表現の道を探りました」

( ^ω^)「何でもよかったんです。それこそ、新興宗教でも構わない。
      ただ人を僕の放つ言葉で変えることができたら。少しでも方向を変えられたら。
      そう思って僕は僕なりの努力をしました。けれど、道は困難を極めました」

( ^ω^)「社会人、というのは一つの自己表現の手段です。仕事が生き甲斐という人もいますからね。
      そこで得られる金銭を誇れる人もいます。まあ、実際お金が無くてはどうしようもありません。
      お金は人を生かします、お金は人を殺します。僕の父も、そういう考えの人間でした」

( ^ω^)「……僕の両親が亡くなっているのは、既に知っていると思います」

( ^ω^)「正確に言うと、父が母を殺して、その後彼も姿を眩ましたんです」

310 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:57:08 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「母は愛情に飢えていました。それはもう、よく分からないぐらいに愛情を欲していました。
      だから父を失くしては生きていけませんでした。僕に与える愛情など少しもなく、
      ただひたすら父の愛情を自分の中に呑み込み続けようとしていたんです」

( ^ω^)「父は金銭に飢えていました。それはもう、昼夜を問わずに金銭を欲し続けました。
      父は大きな証券会社で必要十分な成功を収めていましたが、それでも足りませんでした。
      何かに取りつかれてしまったかのように、来る日も来る日も金銭のためだけに働いていました」

( ^ω^)「こんな夫婦が……一つ屋根の下でやっていける筈もありません」

( ^ω^)「僕が社会人になってもなお、母は愛情を欲していました。
      父にはもう、愛情を与えるほどの感情や欲求が残っていませんでした。
      ただ金銭を稼ぐために、ひたすらに上昇しようとしていました。何事も置き去って」

( ^ω^)「そのために、ある一時期だけ、母は」

( ^ω^)「不貞を犯しました」

( ^ω^)「父はその時初めて、自分が金銭だけでは足りない人間なのだと気付いたようです。
      彼は興信所を利用し、母の不倫相手を調べ上げた挙句、
      自らの金銭的能力を大いに使い、相手の人生を、家庭そのものを徹底的に叩き潰しました」

( ^ω^)「しかし母は、それだけなら自殺しなかったでしょう。父が元通りに母を愛すれば、或いは。
      でも現実として、父は、愛人と呼ぶにもお粗末などこかの風俗嬢を家に連れ帰ってきました。
      当てつけ以外の何物でもありませんでした。事実、父がその女性を連れ帰ったのは一度きりです」

( ^ω^)「しかし、それで十分に、母の人生は壊れました」

311 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:58:19 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「母はある夜にドアノブで首を吊りました。不安定な方法ですが、母は成功したようです。
      ただただ無意味なだけの争いが無意味なまま終結しました。
      父には母を殺すつもりなどなかった。けれど、自己満足のためにそうしなければならなかった」

( ^ω^)「そしてその空虚な関係の間に、私がいました」

( ^ω^)「僕は幼い頃から両親の顔色を伺い、そして、二人の関係を修復出来ればと願っていました。
      両親が好きだったからなどと……いい人ぶるつもりはありません。
      ただ単純に、僕自身が、言い争う人間というものを目にしたくなかったからです」

( ^ω^)「しかし僕はあまりに無力でした。母親に愛情など与えられるはずもなく、
      父親に金銭を与えられるはずもなく。二人の欲望を一つも埋められなかったのです。
      僕には両親の人生を、或いは両親の関係を、未来を変える才能がありませんでした」

( ^ω^)「ただ、最期に、父は僕のしようとしてきたことに気付いたようです」

( ^ω^)「何故かはわかりません。しかし母の死を契機に父は家財の一切を引き払いました。
      随分とまとまったお金になったようです。それは今、僕の手元にあります。
      そして父はこの部屋を私に買い与えました」

( ^ω^)「父は僕にこう言いました。もう、お前は何もしなくていいから、と」
      そして何処へともなく消えました。多分……死んでいる、でしょう」

( ^ω^)「僕は」

( ^ω^)「僕はまるで、生きる意味を奪われてしまったかのような面持ちでした」

312 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:59:10 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「僕が表現に固執していたのは、そういった家庭環境の影響が色濃いのかもしれません。
      一番身近な両親すら変えられなかった。それでも、誰かを変えてみたい、と。
      そのために僕はただひたすら、狂人のようにして表現に憑かれたのです」

( ^ω^)「……都村さん」

(゚、゚トソン「はい」

( ^ω^)「現実って、何だと思いますか」

(゚、゚トソン「……はい?」

( ^ω^)「インターネットとは便利なもので、様々な情報が掲載されています。
      ソーシャルネットワークに参加していれば、望まずとも勝手に情報が手に入ります。
      僕たちはそこで、体罰が原因で自殺した生徒や、寝たきりの妻を殺した九十歳代の夫を知ります」

( ^ω^)「しかし、それらは本当に必要な情報なのでしょうか?
      僕たちはただ情報を弄ぶだけで、その実何も得られてはいなのではないでしょうか。
      生きていくために必要な情報は、もっと些少で構わないのではありませんか」

( ^ω^)「そう思うと、現代の人々の多くは、情報奴隷なのではないかと」

( ^ω^)「だから僕たちは取捨選択を上手くやっていかないといけない。
      けれど、それには自分の必要な情報、いわば現実に必要な情報を知らなければならない。
      だからまず現実の定義を決めましょう……なんて、面倒な話です」

( ^ω^)「もしかしたら、表現者だった頃の僕にはそれが出来ていなかったのかもしれません」

313 名も無きAAのようです 2013/02/11(月) 23:59:58 ID:UJ9Oroso0
( ^ω^)「僕は自分を追及していった結果、Youtubeに動画をアップロードしました。
      まず何が起きたか……。何も起きませんでした。見向きもされないんですよ。
      今にして思えば当たり前ですよね。数多の動画から僕の演説を見るなんて……馬鹿げています」

( ^ω^)「けれども、当時の僕にはそういうことが分からなかった。
      少なくとも僕は間違っていることを言っているつもりはありませんでした。
      だから、正しいことを言っていればいずれ誰かが僕に目を向けてくれるだろうと、思っていました」

( ^ω^)「駄目でした」

( ^ω^)「我慢比べのようなものです。私は目に見えない相手と一所懸命、我慢比べをしていました。
      しかしある日、とうとう限界が来ました。僕は、真っ当な形でカメラに向き合えなくなったのです。
      馬鹿みたいに喚き、怒鳴り散らした動画を、怒りのままにアップロードしました」

( ^ω^)「初めて、ウケました」

( ^ω^)「稚拙な僕はそれが、表現技法によってウケたのだと勘違いし、満足しました。
      現代に求められているのはそういうスタイルなのだと。これが、ウケるんだと。
      だから僕は続く動画も同じスタイルで演じ、そして投稿し続けました」

( ^ω^)「ま、徐々にウケなくなりますよね……だから更に過激なスタイルに移行します。
      ある日、僕は自分の才能を発揮して手首を切り裂きました。絶頂期です。
      そして僕は、ひたすらにただのピエロとして歩き続けたのです」

314 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:00:48 ID:TdiW3IQY0
( ^ω^)「……少なくとも、僕の言葉に意味など無かったんですよ。
      一番の見どころは醜い場面であって、メッセージ性なんてどうでもよかった。
      純粋な僕などどこにも存在せず、ただ奇行を演じる僕だけがいました」

( ^ω^)「……手首を裂く、という最大の行為をしてしまった後、私の人気は陰る一方でした。
      同じことをやっても取り合ってくれません。終わりなど、簡単に見えるものです。
      それでも僕は何とかしてもう一度自分に振り向かせようと、最大限の努力をしました」

( ^ω^)「飽きた。またこいつか。どうでもいい。はいはいこのパターンね……」

( ^ω^)「僕が何を言っても、正しいのか、正しくないのか、そんな答えさえ与えてはくれません。
      もう僕は、オオカミ少年にすらなれないんです。言葉を聞き流されるどころか、
      そもそもアクセスされない、誰にも届かない……」

( ^ω^)「それでも僕は繰り返し繰り返し投稿し続けて……ある時」

( ^ω^)「ふっと、どうでもよくなってしまいました」

( ^ω^)「才能が無いのに欲求ばかりが高まるばかり……そんな生活に嫌気がさしたんです。
      僕はもうまともに表現と、それを見る人と向き合うことができません。
      でも、それでも、何かが蠢くんです。私の中で、どうしようもない、塊が」

( ^ω^)「だからあの日……僕はハインさんに会いに行きました」

315 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:01:32 ID:TdiW3IQY0
( ^ω^)「時々漫画や小説なんかで、苦労話を目にすることがあります。
      創作への苦しみ。才能との闘い、自分なんて駄目なんじゃないだろうかという、懊悩。
      そして後書きなんかに、ご丁寧にこれは私自身の物語です、なんて書いてあったりして」

( ^ω^)「諦めなければ何とかなる、とか、楽しくできればいいじゃないか、とか。
      そういう前向きさ、というかひた向きさを描いた物語を読むたびに、僕は思うんです」

( ^ω^)「はぁ? って」

( ^ω^)「だって彼らの才能はしっかり発揮されています。だから紙になっているんです。
      惜しまない努力の果てにも、本当に何もない人間がいることから、目を背けてるんじゃないかと。
      彼らは言葉に責任を取りません。無能に死ぬまで努力をさせて、そして死なせるのです」

( ^ω^)「……僕には、お金があります。死ぬまで困らないだけの、十分なお金が」

( ^ω^)「いつの日か……僕は思うのではないでしょうか。
      表現などしなくても、自分の人生は十分に幸せだった。それでいいじゃないか。
      あの頃の若さや元気さは良い思い出だったのさ。今となっては、過去の話さ……」

( ^ω^)「そうなれば、僕は、永遠に目的を見失うのかも知れません。
      たとえ見つけたとしても、自分の過去を裏切るのは間違いないんです。
      僕は、どうやったって過去にけじめをつけることはできないんですよ」

( ^ω^)「
過去に、表現をしようとしていた自分を、僕はいつの日か殺す羽目になるんです。
      いや、殺すというよりは、思い出という牢屋に閉じ込めるんですよ。
      後に残るのは、過去の自分に対して殺人未遂を犯した、機能不全で、不完全な私だけです」

( ^ω^)「だから、私はあの日、ハインさんに自ら申し上げたんです。今の僕は、腑抜けです。
      内臓も魂も抜かれてしまった、ただの空っぽな器なんです、と」

316 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:02:30 ID:TdiW3IQY0
彼が何故、ここまで自分自身を削り取るような言葉ばかり口に出来るのか不思議でたまらない。
まるで物語の登場人物を紹介しているような口調だ。澱みなく、正確に伝えようとしている。

いや、もしかしたら彼は実際そう思っているのかもしれない。
最早目の前の彼は腑抜けてしまって存在を失った内藤氏であり、
嘗て、まだ魂の残っていた内藤氏は、まるっきり他人事のように考えられるのだろう。

( ^ω^)「……都村さん」

(゚、゚トソン「はい」

( ^ω^)「ごめんなさい……随分と無駄に、喋ってしまいました。
      そう、見せたいものがある、という話でしたよね……」

(゚、゚トソン「……」

( ^ω^)「どうでしょう……この、部屋」

(゚、゚トソン「部屋?」

( ^ω^)「前にも言いましたが、僕は貴方に僕みたいになって欲しくありません。
      出来れば健全な、表現者でいてほしいのです。しかし時間や社会はそれを許さないでしょう。
      今の世の中に、筆一本で生活するなんて、およそ不可能な話です」

(゚、゚トソン「……」

( ^ω^)「ここに部屋があります。
      あと、恐らく二人で分けても十分生活できるだけのお金もあります。なので」

( ^ω^)「もし良ければ、二人で一緒に暮らしますか?」

318 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:07:02 ID:TdiW3IQY0
その案が、一瞬魅力的に聞こえたのは、決して彼の説得力によるものだけではあるまい。

( ^ω^)「人間の幸福は健康と、愛情と、金銭によって保証されると、少なくとも僕はそう思います。
      健康は貴方の持ち物です。今のところは、大丈夫でしょう。愛情は、僕には分かりませんが、
      都村さんも分かっていないようなので、まだ大丈夫だと思います」

( ^ω^)「そして金銭は、僕が保証します」

結局、私が望むのはそういうものなのだろうか。一生涯を賄ってくれるだけの金銭は、
時間に追われる不安や、自分自身を壊そうとする衝動を、解消してくれるのだろうか。
そして私は、表現に対して向き合うために十分な時間を、得られるのだろうか。

ならば、内藤氏のアイデアは考えられる限り最高の手段ではないか。
今の私の、数少ない手札の中で、彼の選択肢は輝いて見える。

それで、いいのだろうか。

私は金銭を得ることによって社会から脱出する。
そしてひたすらに、無為な毎日を繰り返すことになるだろう。

(゚、゚トソン「……」

少しだけ考えあぐねた後、私は、

(゚、゚トソン「……すいません、やめて、おきます」

と、言った。

319 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:08:07 ID:TdiW3IQY0
(゚、゚トソン「きっと……私も内藤さんと同じく、表現の才能が無い人なんだと思います。
     内藤さんのお金を無意味に浪費することになるでしょうし、
     それに見合うだけの何かを内藤さんにお返しすることも出来ないでしょう」

(゚、゚トソン「私は、内藤さんのようにならないためにも、自分にけじめを付ける必要があると思うのです」

(゚、゚トソン「それに」

(゚、゚トソン「……現実問題、親を説得できないでしょうし。
     あと、内藤さんと私は、多分一緒に住める程、気の合うタイプでは無いと思います」

( ^ω^)「……」

後ろ髪を引かれる思いを隠して、私は内藤氏に拒否の意志を示す。
悔いが残らないわけではない。だが、やはり、私も『けじめ』をつけるべきなのだ。
内藤氏のくれた、甘やかな誘惑に身を委ねる資格など、私には無い。

私は私で、何にもならない、才能以前の能力と、袂を分かたなければならない。

( ^ω^)「そう、ですか」

内藤氏は少し黙ってから、そう言って頷いた。
それから、ほんのちょっとだけ本当っぽい笑みを浮べた。

( ^ω^)「残念です」

320 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:09:07 ID:TdiW3IQY0
(゚、゚トソン「内藤さん、一つお願いがあるのですが」

どうすれば私は自分にけじめをつけられるのだろう。
分からない。分からないと言っている間にも時間は過ぎていくから、益々分からなくなる。
何者でもない私から他人という要素を抜き取って、残るものはあるのだろうか。

( ^ω^)「何ですか?」

(゚、゚トソン「明日、時間ありますか?」

……実際のところ、私というガラス細工や、その中に仕込まれていた瓶は、
とっくの昔に壊れてしまっていたのかもしれない。他人の存在によって何とか均衡を保っていた私の身体は、
思考が引き起こした自壊によって、バラバラに砕け散ってしまっているのではないか。

( ^ω^)「ありますけど……どうしました?」

(゚、゚トソン「行きたい場所があるんです」

私は小説を書く。私は表現をしようとする。私は、生きている。
それでも私には何もない。私は何者でもない。私は、何も出来ない。
私には才能が無いからだ。才能が無いのに、続けなければならない義理も無い。

( ^ω^)「……『浪漫S区』ではなく?」

(゚、゚トソン「ええ。少々遠出になるのですが」

二月の半ば、初めての面接を放棄してまで、私はけじめをつけようとしている。
そしてまた内藤氏を引きずり出すのだ。それしか、私には方法が無い。
私は、自尊心を満たすためだけに他人を利用しようとしている。

( ^ω^)「……構いませんよ」

自分が何をしたいのか分からない。それでも、私は向かうのだ。
これは、言うなれば自分を探す旅ではなく、自分を殺す旅なのだ。
せめてけじめを付けられれば。そして、私自身の人生に、一定の答えを出せたら。

それだけで、十分だ。他には何も要らない。

私は、都村トソン。
私には、死に場所が、ある。



12.要らない 終わり

321 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 00:09:48 ID:TdiW3IQY0
次で終わります。

325 名も無きAAのようです 2013/02/12(火) 13:24:41 ID:.OvQHmIA0
ここでそれもってくるかぁ!!的なdkdk感




目次
inserted by FC2 system