(゚、゚トソンフラジールのようです
- 329 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:33:49 ID:smz7IbRA0
- 13.死なない
生きる意味とは、何か。
物覚えのつかない頃にいつのまにか産まれて、それからただ何となく人生のレールに乗り。
定められた指針に則って特段の問題を起こさないでいたらいつの間にかここまで来ていた。
ただひたすらに凡庸で、下らないだけの私がいる。緩い金縛りのような微睡みの中で考えている。
生きる意味、などというものは結局のところ、殆どの人にとっては必要の無いものなのだ。
答えに辿り着けるか否か、以前に、そもそも問題を出すこと自体が間違っているのではないか。
例えばここに、そこそこ素直で真面目な人を用意する。
その人は、人並の知識でもって大学まで進学し、適当な職に落ち着くことに成功する。
更に、各種の副次的な出来事にも余念が無い。部活をする。友達を作る。恋愛をする。
そうやって出来上がった一人の人は、人生の一時期において唐突に悟るのだ。
ああ、つまり私はこういう人間なのだ、と。これ以上でもこれ以下でもなく、私なのだ、と。
背伸びをしようとしていた時期もあった。自分には遠すぎる夢が隣に居るような気がした。
所詮それは藻屑となって消える備忘録に過ぎず、自分は等身大の自分として生きていくしかない。
そうやって多くの人は、人生の第一部に幕を引き、すぐに第二部へと取りかかるのだ。
そしてあの頃は若かったとか、青春とか、黒歴史とか、言葉は何であれ、
過去の自分を肯定するわけでも否定するわけでも無く、ただ思い出としてそっと取っておくのだ。
時々その引き出しを開き、懐かしむという形で弄んだりしながら。
そうして順風満帆に進む人は結婚をし、子どもをもうけ、やがて老人性の衰弱によって安らかに死を迎える。
時には荒波が立つこともあるだろう。しかしそれでも、どうにかして凌ぎながら、
人というものはそれぞれが、それぞれの在るべき形の人生を創出するのだ。
人生とは、恐らくそういうものだ。
- 331 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:35:42 ID:smz7IbRA0
- (゚、゚トソン「……」
なんて。
空々しいことを考えても仕方ない。私はまだ二十一歳なのだ。右も左も分からない、社会の人ですらもない。
人の一生のことなんて、たぶん死んでみるまで分からないだろう。しかし死んでしまえば何も分からなくなる。
生きている、という事実を知ることなど、生きている間には叶わない望みなのだろう。
誰だって最初は天動説を信じるはずだ。平坦な土地が球形を描くなど思いも寄らない。
誰かに生きている意味を教えられても、絵空事にしか聞こえないだろう。
それでも、人は皆生きている。漫然と、或いは必死に生きようとしている。
別に意味なんてなくてもそれなりにやっていける、ということだろう。
大きすぎて見えないものを探ってばかりもいられない。だからお金や、色事など、目先の問題に目を向ける。
現実主義者……だ。私も、今までは大抵そうやって凌いできた筈だ。
ただ、私はちょっとだけ面倒な人間であるらしい。
二十一歳にもなって今なお生きている意味、などというものを追い求めたりもする。
それはきっと自分なんかには想像も及ばない遠大な、そして魅力に溢れる何かであるはずなのだ。
……よくわからないものが好きだ。分かってしまうと、それは自分の頭の範疇におさまってしまう。
出来れば世界で一番の馬鹿でありたい。世の中の全員が、私には手の届かない物事を考えていて、
そして私は何も知らないまま一生を過ごしてしまいたい。次々と理解されていく世界は、とてもつまらない。
しかし私たちは日々理解を求められる。世の中の仕組みや、ルールを、必要以上に叩き込まれていく。
ノートに書き取った十数社の会社説明の記録。いったいこれらのうち、どれだけが無意味と化すのだろう。
大学の講義の何が役立つのか。毎日のニュースがどれほど私に影響を与えるのか。
- 333 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:38:43 ID:smz7IbRA0
- 生きているからこそ、知らなければならない。
知らないでいたいという思いの傍ら、私は多くの変な人や物を知ろうとしてきた。
結果的にそれは私の中で不協和音を鳴らし、どどめ色に濁ってしまった。
いや、決して外部からの影響ばかりではない。私自身の問題も、多々あるのだ。
自尊心の低い人はプライドが高いと、大学で聴いた覚えがある。
自分の傷つきやすさや壊れやすさを隠し、他人の評価には異様に敏感な人間。
脆い自尊心を守るために、わざと自分を押し隠して他人に鷹揚さを見せつけようとする。
そうした行動はプライドを守っても、自尊心を守りはしない。
内藤氏が言っていたとおりだ。今更否定する気にもならない。
ただ、どうにも辛いのは、そうやって認めようとする自分が、ただ病気アピールをしているように見えることだ。
くるくると思考が回って、着地点を見失う。
何を考えているんだろう。何で考えているんだろう。
私は今日、けじめをつけようとしている。才能以前の何者かと、何らかの形で決着をつけようとしている。
他人と同じようにいつの間にか忘れられればいいのに。抽象的な諦めだけで済ませられればいいのに。
それとも、能力と別れるときは、皆これぐらいの面倒を乗り越えるのだろうか。
私は目覚める。相変わらず夢か思考か分からない意識から這い出して、寝床を脱け出す。
二月十四日。木曜日がやってきた。
- 335 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:40:09 ID:smz7IbRA0
- いつもより早い約束の時間のためにさっさと用意をする。
当初予定されていたグループ面接は、前日のキャンセルを受け付けてくれていた。
用意といって、特別に何かをするわけでもない。
いつも通りの携帯などを持ち、いつも通りの外套に袖を通す。
窓外の風景は相変わらず空気が凍えているように見え、寒さへの嫌気が募る。
(゚、゚トソン「……」
記憶にある田舎の風景は、海に面した平和な世界だ。
何者かに置き去られ、或いは捨てられて、自然だけが自生している場所。
時折顔を覗かせる住人達の姿が、むしろ不自然に思われるほどの空気があった。
海は、実家から歩いて数分の場所に広がっている。
そこは柵のない、十数メートルはある崖になっていて、子どもの頃は近づくなとよく注意をされた。
昔は漁業が盛んであったというその場所に面影は見当たらない。
力仕事の出来る若者は皆都会へ消えたそうだ。
その海の広さや深さを私は知らない。空の広さや高さを正確には把握していないように。
私はその海を表面的にしか眺めていない。足を踏み入れたことさえ、一度も無い。
- 336 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:42:08 ID:smz7IbRA0
- (゚、゚トソン「……ふ」
準備を整える。待ち合わせの最寄り駅に向かうにはまだ時間があるように思えた。
しかし内藤氏を外で待たせていたら申し訳ないので早々に出かけることとする。
(゚、゚トソン「……」
出かけ際、ふと自室を振り返る。殺風景な部屋。何もない、籠のように仕立てられた部屋。
ふとデレが訪れたときのことを思い出す。彼女の存在感がこの空間を充たしていたときのことを。
彼女は、自分はまだ変なままでいい、と言っていた。それも一つの方法だろう。
私には、彼女のような根気が無いのかもしれない。
それでも私は出かけるのだ。私の方法は、それ以外に有り得ない。
迷いや、戸惑いを、切り捨ててしまうためにも、私は、自分の、才能以前の何かを……。
開けたドアの向こうに影があった。一瞬それが人の形だとは思えなかった。
驚いて顔を見上げる。彼女は、私の部屋の前で待ち構えていたのだ。
从 ゚∀从「よう」
(゚、゚トソン「ハイン……」
彼女は歯を見せて私に笑いかける。
(゚、゚トソン「どうして、ここに?」
从 ゚∀从「……」
从 ゚∀从「偶然」
(゚、゚トソン「嘘でしょう」
- 339 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:43:53 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「まま、とりあえず歩こうぜ」
そう言って彼女はさっさと歩き始める。まるで私の行き先が分かっているかのように。
内藤氏が告げ口したのだろうか? 告げ口……というのも些か変な表現だが、
そうでもなければハインが今日この時間にここへ来ることなど有り得ないだろう。
しかし、それを指摘するべきなのか、どうか。指摘してもどうにもならないのではないか。
从 ゚∀从「やー、やっぱ留年しそうだわ、俺」
(゚、゚トソン「……」
从 ゚∀从「臨床心理以外の試験、全然行けなくてさ。ま、分かってた話だけど。
とりあえずもう一年、就活しなくて済みそうだわ。こりゃ儲けものだぜ」
横に並ぶハインの顔立ちは相変わらず美しい。
私はその横顔から、半月ほど前に見られた痛々しい痣がほとんど消えているのを発見した。
从 ゚∀从「しかし俺、一年延ばしたぐらいでいけるのか? やっぱ事務室行っておけばよかったな」
(゚、゚トソン「……そう、ですね」
从 ゚∀从「そういや」
彼女は私から、少しだけ顔を背けた。
从 ゚∀从「前にお前が言ってた写真だけどな、あれ店が流したんだわ」
- 340 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:44:54 ID:smz7IbRA0
- (゚、゚トソン「は……」
ネット上に公開されていたハインの顔写真のことだろう。
そう感付くと同時に背中に鳥肌が立つ。彼女がまた、不条理な運命の流れに棹差している。
从 ゚∀从「あの後店長に訊いたらあっさりゲロったよ。
ああいう写真ってさ、普通は丸分かりなぐらい修正を施すもんなんだけど、
俺の写真はそんなことなかっただろ? そういうの載せたら、どうなるんだろって」
从 ゚∀从「営業戦略の一つらしい」
(゚、゚トソン「……でも、そんなことをハインに内緒でするのは、まずいのでは……」
从 ゚∀从「ま、そうだな。けどまあ、俺がそう簡単に訴えたり逃げたりしないの、分かってるだろうからな」
(゚、゚トソン「……どういう、意味ですか」
ハインは上の方に向かって長く白い息を吐いた。
从 ゚∀从「な、トソン」
从 ゚∀从「俺って美人だろ?」
(゚、゚トソン「はい?」
- 342 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:46:54 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「いや、実際美人ってのは罪なもんだ。特に自分で自分の顔を割り切れないと面倒だぜ。
俺は別に望んでもいないが中学ぐらいに自分が割と美人だってことに気付いた。
母親は逝った、兄弟は弟が一人だけ。だからウチで美人なのは俺だけだ」
从 ゚∀从「こいつがいけなかった。悪い意味で家族の目に止まっちまった」
从 ゚∀从「高校二年の時だ。四十過ぎの親父と高一の弟がグルになって俺を襲った。
俺もまあ、相当抵抗したもんだが、男手にゃ敵わねえ。全く、最悪の気分だったよ」
(゚、゚トソン「ちょっと……待って下さい」
从 ゚∀从「ん?」
(゚、゚トソン「何でそんな話……。しなくてもいいじゃないですか。
だって……そんなこと、こんなところで、ハインだって、辛いでしょう」
从 ゚∀从「良いんだよ、取り敢えず聞いとけ」
(゚、゚トソン「……」
从 ゚∀从「まー、そういうことがあったんだが、だからといって俺一人で何が出来るってわけでもねえ。
ただ、そのうち逃げだそうと決心したんだ。こんな腐れた家庭に引っ込んでられるかってな。
そういうわけで高校三年の時、俺は地元から遠い大学を受験することにした」
从 ゚∀从「どうにも頭が追いついてないと思ったんだがな、何の弾みか合格しちまった。
これで一安心出来りゃ良かったんだが、世渡りには何かと金がいるだろ?
そこで父親に相談した。ま、当たり前だがとりつく島も無かった」
从 ゚∀从「地元に進学しないなら働けってわけだよ。要は味を占めてたんだな。無抵抗だったから」
- 343 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:48:31 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「ただ、俺にしちゃあ最初で最後のチャンスだった。みすみす逃せるもんじゃなかったよ。
さて、どうしようか、と。今更金を貯められるはずも無い。かと言って無心できる先もない」
从 ゚∀从「そこで出会ったのが、今の俺の飼い主だ」
(゚、゚トソン「飼い主……」
从 ゚∀从「ついこの前までは名前で呼んでたんだが……ま、そんなことはどうでもいい。
奴は俺に向こうしばらく生活するのに必要な資金と部屋を、担保無しで貸してくれた。
条件は一つ、今の店で暫く働き続けることだ。まあ、大学卒業が目処だろうな」
从 ゚∀从「なんつっても、俺が美人だったからだ」
(゚、゚トソン「……」
从 ゚∀从「家族からは逃げられる、大学にも行ける。そしたら後は何とかなるんじゃないか。
その時の俺はそう思ってたよ。どんな客でも、家族よりはまだマシだ」
从 ゚∀从「時々、この国が銃社会じゃなくて本当に良かったって思うよ。
下手なところに銃があったら、衝動的にこめかみをぶち抜きたくなるからな」
从 ゚∀从「……飼い主は悪い奴じゃなかった。いや、倫理的には悪い奴なんだろうが、
当座の金を用意してくれただけで十分善人だ。だから出来るだけ早く返済することにした」
- 344 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:49:50 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「俺は自分が馬鹿だと自覚している。しかし何より馬鹿なのは、
そんな馬鹿の受け入れ先がどっかにあるんじゃないかといつも錯覚することだ。
ついこの間まで、俺は俺の受け入れ先が飼い主のところなんじゃないかって思ってた」
从 ゚∀从「なんつってもほら、美人だから」
从 ゚∀从「出来るもんなら、一般人と同じ生活がしたい。
けどその希望は、高二のあの日に潰えちまった。
だったらせめて、一端の人間としてそれなりに生きていけるようにしようと思った」
从 ゚∀从「飼い主とは何度も会ったし何度も話をした。やっぱりヤバい世界に片足突っ込んでる奴は、
そこそこ話が面白い。しかも優しかった。歯車が噛み合えば、惚れる理屈なんてそれだけで十分だ。
俺はたぶんあいつに恋人みたいな接し方をしていたし、あいつの振る舞いもそう見えた」
从 ゚∀从「……金は返せた。が、俺はいつまでも飼い主とずるずる関係を続けていた。
大学卒業したら普通に就職して、普通に、何か、良い感じになれると思ってたよ。
そのためなら都合の良い女を演じようと思った。道理で金が入ったそばから消えていくわけだ」
从 ゚∀从「でもまあ、分かってた話だよな。都合の良い女が都合の良い女以上になれるわけねーって」
(゚、゚トソ「……」
从 ゚∀从「この間、そのことをまざまざと思い知らされる羽目になったんだ。トソン」
从 ゚∀从「俺さ、子宮頸癌だったんだ」
- 346 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:51:19 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「ものの弾みで検査に行ったらさ、これがドンピシャ。
聴いた瞬間は意味が分からなかったよ。癌ってな。そこらの三文芝居じゃないんだからよ
从 ゚∀从「ただ、医者が言うにはステージ何とかで、初期段階だから大丈夫、とのことだった。
簡単な手術で済ませられるんだとよ。そして、実際に簡単に治っちまった」
从 ゚∀从「これがまた、駄目だった」
从 ゚∀从「俺は子宮頸癌の診断が下りた時に、一旦飼い主に報告したんだ。
まあ、大層に心配してくれたよ。俺もさ、ちょっとこう、憐れまれるのが心地よかったからさ、
簡単に治るってことはその時点では伝えずにいたんだ」
从 ゚∀从「治ってから言えば、喜んでくれるだろうって」
从 ゚∀从「試験前に……手術してさ。短期間病院に入院したら、本当に即行で終わったんだ。
これでひとまず心配ありませんってさ。まあ本当に、検査のタイミングが最高だったわけ」
从 ゚∀从「試験の前の夜に俺は嬉々として飼い主に報告したよ。
もう何も心配いらない。俺はまた前向いて生きていけるんだって。そしたら」
从 ゚∀从「あのザマだよ。思い切り顔面をグーでぶん殴られた」
从 ゚∀从「期待させやがってって、罵声付きで」
- 347 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:52:58 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「結局さ、飼い主は俺に善人面するのに飽きていたんだよ。
あいつの頭の中のストーリーとしては、俺はここらあたりで死んじまって、
また別の女に優しくしようということになっていたらしいんだ」
从 ゚∀从「そりゃあ、こっちは風俗に三年近く身を堕としてる商売女だもんよ。
幾ら飼い主が馬鹿だからって本気で俺と恋仲になろうなんざ思うはずもない。
結局俺はあいつにとって体の良い女でしかなかったというわけだな」
从 ゚∀从「……ただ、どうしようもないことには、俺は、ちょっとあいつに寄りかかり過ぎた」
从 ゚∀从「あいつに頼って何とか自立していた俺の中にある何かが、折れかかった。
結局俺にはあいつに無断でバイト辞める勇気も無ければ、これから一生、
あいつ無しで生きていこうって心づもりも出来ていない。俺には、居場所が無い」
从 ゚∀从「俺は相変わらず飼い主に会いに行く。適当な物を貢いだりして機嫌を取ってる。
飼い主は飼い主で前と同じように接してくる。けど、俺には何か違うって分かるんだ。
こいつはもうすぐ俺を切り捨てるつもりだって。俺が面倒な存在だと、理解しちまったからな」
从 ゚∀从「これからどうなるかも分からねえ。渡ってる細い綱をいつ切られるかも分からねえ」
从 ゚∀从「だからさ、トソン」
从 ゚∀从「今、俺ってば割と詰んでるんだぜ、人生」
- 348 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:53:52 ID:smz7IbRA0
- 親しい友人から聴かされている言葉が、まるで異世界の出来事のように思える。
私にはまるで理解出来なかった。何故、ハインがそのような目に遭わなければならないのか。
彼女は普通の生活を望んでいるだけだ。しかし、家族が、環境が、それを許さない。
ただ、それよりも由々しき問題があった。
私は、彼女に何もしてあげられないのだ。
話を聴くことぐらいは出来るだろう。しかしそれでは何の解決にもならない。
例えば彼女と『飼い主』との縁を断ち、これからの生活を助けられるような、
そんな現実的な方法に関して、私のような学生はまったく力になれない。
私はただ、彼女を憐れむことしか出来ない。
(゚、゚トソン「……ハイン、一つ訊いても良いですか」
(゚、゚トソン「どうして、今になってそのことを?」
从 ゚∀从「あー、そうさな」
そう言って彼女は右手を挙げた。五本の指を少し動かして、停止する。
それから、その掌を私の頭に置いた。
- 349 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:55:08 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「俺は馬鹿でさ、向こう見ずでさ、しかも見た目と違って怖がりだからさ。
……ここまでの人生に色々あってさ、それがどうにも受け入れられない時も、あってさ」
ハインは不器用そうに私の頭を撫でる。まるで自分を落ち着かせるように。
その声は寒さ以上に震えていた。彼女の不安や、恐怖が、有りの儘に伝わってくる。
从 ゚∀从「そういうのに一々文句言ってたらキリがないって、分かっててもさ。
たまには何もかもが嫌になって、それこそ理性なんてどこかへ飛ばして、思い切り泣きたくなるんだ。
何でここまでして生きていかなきゃならないんだってさ。馬鹿なこと考えて」
見上げたハインの表情に涙は無く、むしろ朗らかな明るさがあった。
指先や声とは裏腹に、彼女は何とか溌剌さをアピールしようとしていた。
从 ゚∀从「でも実際問題、俺は簡単に死ねるほど割り切った性格じゃないし、
今も半分思考停止みたいな感じで飼い主に頼ってる。
詰んでる人生って分かっててもさ、逃げられる限り逃げてみようかってな」
(゚、゚トソン「ハイン……」
从 ゚∀从「俺は別に、お前の生き方にケチつけるつもりは無いよ。
ただ、俺はさ、俺みたいな生き方してる人間としてさ、お前に言っておきたいんだ」
从 ゚∀从「俺は、生きてるって」
ようやく、ハインの意図が読めた。
……どうやら、彼女は私が今日、自殺すると思っているらしい。
- 351 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:57:14 ID:smz7IbRA0
- けじめ、と言ったところでそれがどのようなものであるのか、自分自身でもよく分かっていない。
確実なのは、私が今日、死に場所に行こうとしているという、それだけだ。
ただし、そのことは内藤氏にも告げていない。だから当然ハインが知る由も無い。
考えられるのは、内藤氏がハインに過度な吹聴をしたという、それだけだ。
いや、もしかしたらハインが勝手に拡大解釈したのかもしれない。
ただ、どちらにせよ、私は内藤氏に自殺の可能性を仄めかしていたらしい。
(゚、゚トソン「……」
瞬間、物凄く強い衝動が私の内部を鷲掴みにした。彼女への申し訳なさが、一気に破裂したのだ。
私は、自分ですら確信の持てない想いを内藤氏に投げ渡してしまった。
そしてそれは、結果的にハインへ、出来れば思い出したくも無いであろう過去を語らせることとなってしまった。
死に場所に行き、本当に死ぬかどうかなんて定かでは無いのに。
凄惨なまでの罪悪感に私は思わず俯いた。
隣でハインがどうしているかも分からない。ただただ前へと歩き続けた。
私はこの、つかみ所の無い自虐心でいったい何度他人に迷惑をかければ気が済むのだろう。
でも、私は、ハインの言葉を素直に肯定できない。
彼女の直向きな、生きていくことへの努力に、共感できない。
たかが半端者である癖にして、私は彼女の死ぬほどの好意に応えられない。
(゚、゚トソン「……ごめんなさい」
言葉にした瞬間、「ごめんなさい」とはこの世で一番無意味な言葉なのではないかと思えた。
それは、後悔や罪の意識をほんの少し拭い去る小さな布きれに過ぎない。
何が解決するわけでも無いというのに、私はただ、私のためだけに「ごめんなさい」と言う。
それで救われる気持ちなど、今やどこにも無いというのに。
- 352 名も無きAAのようです 2013/02/17(日) 23:59:06 ID:smz7IbRA0
- 从 ゚∀从「……なに、謝ってんだよ」
しばらく沈黙した後、ハインは努めて明るい声を出した。
从 ゚∀从「別に、ただの自己満足だって。お前が気負う話じゃねーの。
つか、ごめんな。こんな話聴かせちまって」
彼女の声は、まだ震えている。掌が私の頭から離れて、だらんと垂れ下がった先で拳を作る。
もしかしたら、ハインは私に怒っているのかもしれない。こんな私に、怒ってくれているのかもしれない。
せめてその感情だけでも、真摯に受け止められたら。
从 ゚∀从「……トソン」
(゚、゚トソン「はい?」
从 ゚∀从「……いや、やっぱいいや」
破綻してしまった心の瓶は、他人という名の水をどこかへ流してしまった。
最早ここに残るのは砕け散ったガラスの欠片のみであり、だから他人にいまいち共感出来ない。
从 ゚∀从「また今度、話すよ」
そして、ハインは去っていった。
その後ろ姿が泣いているかどうかなど、私には判断できない。
彼女の伝えたかった言葉を、理解は出来ても呑み込めない。呑み込む先が、無い。
ただ苦い味と微かな傷痕が、冬の奥へと沈み込む。
- 353 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:00:34 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「……」
待ち合わせ場所である最寄り駅の改札の傍に立つ。
通勤時間帯を除けば閑散としているこの駅に独り立ち竦んでいると、晒し者にされているような羞恥を覚える。
存外早く着きすぎたので近くのコンビニにでも入ろうとしたが、何となく気が咎めた。
もう少し、この奇妙な孤独を楽しんでいたいような気分。
――私は一つ心に決めていることがある。
死ぬ時は、その崖から飛び降りよう、と。
別に深い理由があるわけではない。単なる思いつきと言っていいだろう。
死ぬ時は綺麗な場所がいい。そんな、ほんの少しズレた理想があるだけだ。
例えば、交通事故や、天災や、押し込み強盗などは私の理想に手を貸してはくれないだろう。
それでなくとも、多くの死は身体の自由を奪ってから襲ってくる。老衰で死ねる人は怖ろしく少ない。
それはそれで構わない。仕方の無い話だ。理想は破れ、私は少し後悔するだろうが、悲壮ではない。
むしろ、死に場所を決めるという行為は生きる事へ前向きにさせる効果があるのかも知れない。
私の現在の住処から実家のある田舎までは電車を乗り継いでざっと二時間以上はかかる。
要は非常に面倒なのだ。ちょっとした死にたさだけで動ける距離ではない。
だから私は簡単には死ねない。というよりは、自分で自分を殺せない。
これからも自ら実家へ向かう機会は訪れないだろう。故に死への衝動も起こらない。
馬鹿馬鹿しい自己啓発。馬鹿馬鹿しい生へのひたむきさ。
そんな言葉が頭に巡る。イヤミな自分がまだ生き残っている。
それでも、なお。
私は生きていこうと思っている。死のうとしないなら生きていくしかない。
多少の苦痛なら甘んじて受け入れる。大きな苦痛からは遁走する。
いずれにせよ、あの場所には辿りつかない。
そう、思っていたのだが。
- 355 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:02:29 ID:7XKZ/7760
- 同じ所をぐるぐると巡り続ける思考の回路。時々レールを踏み外しても、すぐに修正される。
私が私である限り、極端な離脱はそうそう起こり得ない。自分の思考は、自分の想像の範囲内で行われる。
だから今回、私が敢えてレールを踏み外して歪な方向へ飛び出そうとしているのも、
ある意味では予定調和だと言える。少なくとも私自身は、理詰めでここまでの道程を作ってきたつもりだ。
だから、私の死に場所に対する思いも、変容してしまうのが当然だったのかもしれない。
(゚、゚トソン「……」
胸の辺りがひどく痛む。鈍色の球体が体内で少しずつ移動しているような、じりじりとした痛み。
冷たい空気のせいだろうか。先日の病が未だに燻っているのだろうか。
それとも、今になってハインの事情が重く私を貫こうとしているのか。
彼女が何かを隠しているということは知っていた。それが、簡単には解決しない複雑なものであるということも。
しかし実際にそれを聴かされた際、自分でも驚くほどに反応できなくなる。
子宮頸癌。鬼畜な家族。商売女。飼い主。どれ一つ取っても少しも噛み砕けない。
しかし、それを一身に受けている人物が、私の友人としてすぐ隣に存在し、
あまつさえその友人は、私のために一切合切を暴露したのだ。
彼女は立派だ。あまりにも立派な一人の人間だ。
比べて私はどうだろう。そんな彼女に何一つ応えられないただの半端者に過ぎない。
全てを擲ってまで彼女を振り払い、死に場所へ向かう私に、今後彼女の友達でいる資格などあるだろうか。
しかし彼女はこう言った。
从 ゚∀从「また今度、話すよ」
また今度……次が、あっても、いいのだろうか。
何て、優しい、言葉なのだろう。それがどうして、私の中に染み渡らないのだろう……。
- 356 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:03:50 ID:7XKZ/7760
- 彼方から人がやって来る。彼の背は非常に高いため、遠くからでもよく分かる。
いつもの服装に、いつもの鞄。相変わらず覚束ない足取りと、ぼんやりとした存在感。
彼にハインへ告げ口したことを問うか一瞬迷ったが、やめた。
それを口にしたところでどうにもならないし、何より双方共に傷つくだけだろう。
彼がどうやって悟ったのかは興味があったが、それよりも恐怖心が上回っていた。
彼の存在は、私にとって何らかの引き金だったのだろうか。
私は彼の言葉や思想、その他の言動によって、今日ここに至ったのだろうか。
決して間違いではないだろう。しかし、私という人間の人格を無しにしては一連の経緯は語れない。
彼は、既に濁っていた瓶の水に最後の一滴を垂らしただけだ。
( ^ω^)「どうも……お待たせして、しまって」
(゚、゚トソン「いえ、私が早く着きすぎただけですから……」
思えば、彼と『浪漫S区』以外で挨拶するのは初めてだ。
刺さるように吹いた風が私たちの外套を震わせる。何だか、妙に可笑しい。
( ^ω^)「それで、えっと、どうするんですか?」
(゚、゚トソン「あ、はい。電車に乗ります、けど……その前に」
私は鞄の中から箱形の品を持ち出して、内藤氏に手渡した。
(゚、゚トソン「一応、バレンタインデーですから……」
- 358 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:05:41 ID:7XKZ/7760
- それは、感謝の気持ちと呼ぶにはあまりに安価な市販の商品に過ぎない。
昨日、今日の約束をした際に思いつき、自作する時間もなく、
あまり高価なものだと返って恐縮させてしまうのではないかと思い、帰りに購入したものだ。
( ^ω^)「……ああ、そうか、そうですよね。バレンタインデーでした」
内藤氏は私からそれを受け取ると、まるで初めて見るような物珍しげな目でそれを眺めた。
( ^ω^)「すいません、ありがとうございます……」
( ^ω^)「とても、嬉しいです」
(゚、゚トソン「いえ……」
私としても、異性にチョコレートを贈るのは久々の経験だ。
中学か高校で、クラスの女子生徒全員が男子へ、
という形でチョコレート菓子を寄せたのが最初で最後かもしれない。
大学の部活動でも同じようなイベントは催されていたが、私は何となく参加してこなかった。
(゚、゚トソン「……それじゃあ、行きましょう」
まだ箱を眺めている内藤氏を見ているのが気恥ずかしくなり、私は先を促した。
- 359 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:08:06 ID:7XKZ/7760
- ( ^ω^)「どこに、行くんですか?」
(゚、゚トソン「私の、実家……というか、祖父母が住んでいた場所です」
( ^ω^)「ははあ……」
各駅停車の列車に乗り込み、座席の端に腰を下ろす。
まずはここから一時間程度、同じ電車に揺られ続けなければならない。
車内に人は殆どおらず、暇そうな老人や親子連ればかりが目につく。
( ^ω^)「チョコレートって、たまに食べると凄く美味しいですよね……。
時々、無性に板チョコが食べたくなるんですよ」
(゚、゚トソン「ああ……分かります、それ」
( ^ω^)「それにしても……久しぶりですよ、チョコレート貰ったの。
昔の彼女に貰って……以来だと思います」
(゚、゚トソン「えっ」
(゚、゚トソン「……内藤さんって、彼女いたことあるんですか?」
( ^ω^)「……この前から、ちょいちょい失礼なこと言ってません?」
- 361 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:09:48 ID:7XKZ/7760
- 内藤氏は狭苦しそうに身をこごめて、ほんのりと笑う。
そう言えば、彼の隣で座るのも初めてのことだ。距離が近くなろうと、存在感の薄さは変わらない。
( ^ω^)「大学の……四回、ぐらいの時です。それから付き合い始めて、僕が会社を辞める、直前まで。
……可愛い女の子だったんですけど……何故か僕の事を好きになったんです。
たぶん……身長が高かったからじゃないかと思ってるんですけどね……」
(゚、゚トソン「……」
( ^ω^)「まあでも、結局はその時期に別れることになりました。
理由はたぶん、僕が社会的に死んでしまったとか、そういうことだと思います。
割とプライドの高い人でしたから……そんな男は許せなかったんじゃないかな……」
(゚、゚トソン「昨日、内藤さんは、愛情のことは分からないって、仰ってませんでしたか?」
( ^ω^)「……ええ。分からないです。彼女と付き合っていても、最後まで分かりませんでした。
いったい何が愛情とか、恋慕と呼べるのか、なんて、考え出すと止まらないですよ」
( ^ω^)「僕は、彼女との時間をただ漠然と過ごしました。彼女に告白されて、そして振られるまで。
一連の出来事が、まるで他人事のようにして吹き流れていきました。
残された僕の手元には、何も留まっていなかったです。良い経験、だったんですかね」
窓外の風景は都市めいた人工性を徐々に失っていく。
久しく郊外へ出ていないと、緑の広がる景色が目新しく感じられた。
- 362 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:11:33 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「……私には、そういうことがまったく分からないですね。
恋愛を、したことが無いですから。片思い、すらも……」
( ^ω^)「珍しいですよね……。大学生ともなれば、自然とそんな機会が訪れそうですが」
(゚、゚トソン「やっぱり、どこか、別世界の出来事だと意識しているのかもしれないです」
( ^ω^)「都村さんみたいな人なら、いずれ良い人が現れると思いますよ」
(゚、゚トソン「別に……いいですよ、一人で」
人の少ない電車は案外と落ち着くものだ。規則的な震動や、車内アナウンスが、何となく心地よい。
このままずっと乗り続けていたいと思うような気持ちもどこかにある。それが叶わないと分かっているからこそ。
(゚、゚トソン「前から、気になってたんですけど」
( ^ω^)「はい?」
(゚、゚トソン「その鞄の中には……何が入ってるんですか?」
( ^ω^)「ああ、これ……特に何も入ってませんよ。財布とか、キーケースとか……。
あと、手帳も入ってますね。おくすり手帳と、精神障害者保健福祉手帳……」
( ^ω^)「まあ、福祉手帳は持ってても使わないですけどね……。
電車賃とか、安くなってもいいのにって思います」
- 363 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:13:05 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「身長……昔から高かったんですか?」
( ^ω^)「そうですね。中学の頃が一番伸び盛りでした……。
体重は、重くなったり、軽くなったり、乱高下したものですけど」
(゚、゚トソン「じゃあ、スポーツやってたり……」
( ^ω^)「いえいえ、全然ですよ。まあ、死ぬほど勧誘されましたけどね……」
(゚、゚トソン「でしょうね……」
( ^ω^)「身長の割には跳躍力がないからバスケットボールでもバレーボールでも、
大して活躍出来ませんでした。皆の……失望の眼差しが辛かった記憶があります」
(゚、゚トソン「最初は、勝手に、期待しちゃうんですよね……」
( ^ω^)「ええ……身長高くても、良いことなんてあまりないですよ」
(゚、゚トソン「でも、恋人が出来たんでしょう?」
( ^ω^)「まあ、そういうことになりますね……どうしたんです? 先程から、何か可笑しそうですけど」
(゚、゚トソン「いえ、何だか」
(゚、゚トソン「何だか、私たち、普通に話してるなって……」
- 366 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:16:13 ID:7XKZ/7760
- どうでもいい話をするとき、本当にどうでもいい気分になれる相手は貴重なのではないだろうか。
大抵の人と喋るときは自分の何かを隠したり、抑制したりしなければならないが、
ハインやデレ、内藤氏などの場合にはそれをする必要が無い。
それは恐らく、思っているよりも遙かに幸せなことなのだ。
他愛のない会話で埋まった一時間が終わり、別の列車に乗り継ぐ。
ここから更に一時間、ひたすら揺られ続けて終点までの道筋を辿る。
(゚、゚トソン「内藤さん」
( ^ω^)「はい?」
(゚、゚トソン「その……表現、について諦めた時の気持ちって、失恋と似ていますか?」
( ^ω^)「……どうでしょうね。僕にはよく分かりません。
彼女には一方的に別れを告げられましたし、表現については僕が一方的に別れを告げましたから。
ただ、たぶん失恋の方が有意義なのではないでしょうか……」
(゚、゚トソン「有意義……」
( ^ω^)「過ぎ去った後に、何が残るか、ということです。
失恋は恐らく、多くのものを残していくのではないでしょうか。
生憎、僕の手元には何も留まりませんでしたが……」
- 367 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:18:14 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「内藤さんの動画……結局まだ、一つしか観ていないんですよね」
( ^ω^)「あー……どうでしたか? その、一つは」
(゚、゚トソン「何というか、すごく、狂気的ではありました」
( ^ω^)「まだそれが正しいと思っていた時期ですね……。
何か、面白いパフォーマンスとか、してませんでしたか?」
(゚、゚トソン「……転げ落ちてましたね、ベッドから。あれも演技だったんですか?」
( ^ω^)「僕は、少なくともアップロードした動画に関しては、自覚した行動しか取っていませんよ。
だからその動画も……いまいち記憶にはありませんが……確実に演技だったんでしょう」
(゚、゚トソン「少し、躊躇いましたよ。最初に観た内藤さんが、その動画でしたから……」
( ^ω^)「そう、ですよね。仮にそれがウケていたとしても、僕は色々なものを見失っていたと思います」
( ^ω^)「ただ、その頃の僕は純粋に、本当に純粋に狂気を演じていたんですよ。立身だったんです」
( ^ω^)「問題は、狂気が人を狂人たらしめるとは限らないということですが……」
- 368 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:20:12 ID:7XKZ/7760
- トンネルを抜ける度に景色が変わる。
雪が積もっていたり、いなかったり。家並みがあったり、なかったり。
私は、ゆっくり、ゆっくりと目的地へ近付いていた。
( ^ω^)「彼女とか、バスケット・ボールとか……僕にも、普通に人生を送れる可能性があったんですよね。
振り返ると不思議な気がしますけど、そういうものなのでしょうか。
ある時を境にして、自分はもう引き返せなくなってしまったんだと思うんです」
( ^ω^)「薄ぼんやりと考えたこともあるんです、彼女と付き合っていた頃に。
僕はこのまま人生を真っ直ぐに進めて、いずれ彼女と結婚するんだろうか。
そして子どもが産まれて、僕は父親になって、働いて、人生の終わりを迎えるのか」
( ^ω^)「今となっては淡いお伽噺みたいなものですけど、実際のところ、
普通の人々というのは、そうやって大人になって、そして社会人になるんでしょう。
そんな未来があってもよかったのかもしれません。結果的には、潰えましたが」
( ^ω^)「現実を見ろって……叱られることもありました。でも、僕には現実というものがよくわからなかった。
僕が僕である限り、何であれそれは現実なんじゃないだろうかって。
でも、違うんですよね。現実って、他人と歩調を合わせることなんです」
( ^ω^)「僕は恐らく大多数の人からあまりにも遅れてしまっていたんだと思います。
悪いことにはその事に気付きもしなかった。だから、僕は、現実の社会から離れてしまった。
それでも僕は生きていけるんです。ただ、お金が背中にある限りは」
( ^ω^)「彼女や少ない友人が離れていったのも、結局は必然的なものだったんでしょう。
それでも生きているんです。世の中って、不平等なものです」
- 369 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:21:47 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「……私なんて、内藤さんに比べれば更に半端者ですよ。
私は、家族にも、友人にも恵まれています。本当に、死にたくなるくらい恵まれています。
でも、私はそれを正面から受け入れることが出来ないんです」
(゚、゚トソン「今までの人生には何の不自由もありませんでした。
もしかしたらこれからも、殆ど辛酸を舐めずに過ごせるのかもしれません。
それだけで十分幸福なことなんですよ。なのに、私は満足できなくて……」
(゚、゚トソン「諦めるって、どういうことなのでしょうか。私に、それができるんでしょうか」
( ^ω^)「自分の上限……みたいなものにぶつかってしまうと、なかなか起き上がれないですよね。
そして、そういう出来事には手を差し伸べてくれる人があまりいないものです。
誰だって一度は体験してるだろうに、どうしてなんでしょう」
( ^ω^)「大の大人なんだから、一人で立ち上がれってことなのか、
それとも、ただ単純に一々相手にしていられないという放置に過ぎないのか……」
(゚、゚トソン「何となく、後者のような気がします」
( ^ω^)「ああ、僕もですよ」
変な共感によって生まれた笑いを笑ったとき、車内アナウンスが終点への到着を告げた。
(゚、゚トソン「着きました」
( ^ω^)「みたいですね」
- 371 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:23:52 ID:7XKZ/7760
- 降り立った駅に雪は積もっていなかったが、地元より遙かに寒く感じられた。
駅前の風景は益々寂れているように感じられ、人影も殆ど無い。
籠を押してゆっくりと歩く老人が目につく。彼の行き先には妙に真新しい病院が見えた。
( ^ω^)「ここから……どうするんですか?」
(゚、゚トソン「あ、はい。バスに乗ります……けど」
私は目の前の停留所に貼られている時刻表を確認する。
田舎だけあり、一日の運行本数は雀の涙ほどでしかなかったが、
幸いにも三十分後に一本、目的地へ向かうバスがあるようだった。
(゚、゚トソン「三十分ほど……待つことになりますね」
( ^ω^)「それじゃあ、あそこのベンチにでも座っておきましょうか」
錆び付いた、半分捨てられたとも言えるベンチに二人で座る。
吹き寄せる風は海からのものであるようだが、独特の匂いは感じられない。
目の前にある道路には車すら殆ど通らない。しん、と静まり返った街は、
私が嘗て帰省していた頃に比べても遙かに病状を悪化させているようだった。
と言って、私には目の前の風景が馴染みあるものだとは思えない。
さしたるノスタルジアも湧き上がらないし、あるのは記憶の隅を揺らす程度のデジャヴだけだ。
私は、寂れた街と自分自身を重ね合わせてみる。いつもの、無口で場をやり過ごす私が浮かび上がる。
ただ無意味な時間を費やしていく私が、街とともに終わっていく人々を彷彿とさせる。
この街はやがて自壊していくだろう。人が消え、人工性を失って、あるべき自然が戻るのだろう。
ならば、私はいったい、どうするのか。
( ^ω^)「都村さん」
(゚、゚トソン「はい?」
( ^ω^)「チョコレート、一緒に食べませんか?」
(゚、゚トソン「え、でも……それ」
( ^ω^)「こういうの、二人で食べた方が美味しいですよ……たぶん」
- 372 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:26:18 ID:7XKZ/7760
- やがてやってきた古びたバスに乗り込んで目的地へ向かう。
道程は十分程度。ただ、海へ続く道を走るだけだ。
帰省の際はいつも父の運転する車で移動していたせいか、
バスに乗ると少しだけ昔の感覚が思い出された。こんな場所もあったかなあ、という曖昧な懐郷。
(゚、゚トソン「内藤さん、その……すみません、わざわざ、来てもらって」
( ^ω^)「いえいえ……。どうせ、暇ですから」
(゚、゚トソン「寒く、ないですか?」
( ^ω^)「寒いですね……」
唇を噛むと、さっき食べたチョコレートの味がささやかに広がる。
特別でもなんでもない、平凡な甘味が、意味も分からず嬉しく感ぜられた。
( ^ω^)「人がいない場所って、平和に見えますね」
バスの外を眺めながら内藤氏が言った。
( ^ω^)「これが本当の平和なら、世界から人が消えればいいのに……」
冗談っぽく聞こえたその言葉に私は少し笑んで外を見る。
そこに朽ちてしまった生け垣があった。仰々しい門。その向こうにちらと見える、木造建築。
( ^ω^)「どうしましたか?」
(゚、゚トソン「今のが……祖父母の家、みたいです」
吹き去っていた過去が再び姿を現し、そしてバスの速度と共に、
再び過去となって消えていった。あの風景は、いつかまた私の記憶に浮かぶのだろうか。
- 373 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:28:48 ID:7XKZ/7760
- 目的地である、名前も定かではない停留所は、
何故こんなところに設置したのだろうと疑問に思うほど辺鄙な場所に立っていた。
観光地にしようとでも目論んだのだろうか、舗装された道路が海に沿って左右に広がっている。
バスから降りた私は無心に目的地へ向かって歩いた。
その場所は舗装された道路からはずれた上り坂の突端にある。
(゚、゚トソン「……」
その場所には未だ柵がなく、ただ注意を示す小さな立て札があるだけだった。
開けた視界は一面が海と空で埋め尽くされた。
仄暗い海が目の届く限り広がっている。そして、その他には何もない。
私が死に場所に選んだ崖は、数年の月日を経ても何も変わらないままだった。
遂に来た。来てしまった。もうここより先に道はない。
私はその事実に途方に暮れた。詰まるところ、私はここで答えを出さなければならないのだ。
土地、というものが人にどれほどの影響を与えるか、なんて私にはよく分からない。
そこで何らかの心の変動があったとしても、それは自己欺瞞でしかないのではないか。
しかし私はここに来ることで心情に、自分自身に何らかの変化が起きることを希求していた。
それは、他ならず私が土地というものに依存してしまっていたからなのではないか。
死に場所は相変わらず私を受け入れてくれる。しかしそれだけだ。死に場所は、応えない。
私は幾らか歩を進め、それこそまかり間違えば転落してしまいそうなほど崖に接近した。
見下ろすと、殆ど平坦な岩肌が海面まで続いている。
そこは、私の記憶よりも遙かに高かった。ざぷ、と波濤が音を立てて砕け散った。
瞬間、全身に鳥肌を立てるほどの怖気が走った。私は思わず自らを抱き締めた。
私は、その時初めて、死という行為について実感した。
- 374 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:31:28 ID:7XKZ/7760
- ( ^ω^)「……奇跡が、起きればよかったと思うんです」
立っていられず、思わず跪いた私の背後から内藤氏が呟いた。
( ^ω^)「ある朝に起きたら自分がとんでもない能力に目覚めていた、とか、
いつの間にか胸ポケットに拳銃がしまわれていた、とか。
何でも良いんです。要は、現実には有り得なさそうなことが起きれば」
( ^ω^)「……僕には、両親と普通に話をすることでさえ、奇跡でした。
そしてそれは遂に叶わなかった。ましてや、僕の言葉で両親を変えるなんて、
およそ不可能な話なんです。現実において、奇跡は起きないものですから」
( ^ω^)「自分の言葉に乗せられる重さの限界って、案外小さいものなんですよね。
だからこそ僕は奇行に走りました。きっと、平和な国の国民がこぞって戦争反対を叫ぶより、
幼い子どもが地雷を抱えて戦車に突っ込む方が、よほど影響を与えるんです」
( ^ω^)「ペンは剣よりも強し、なんて、権力者の言葉ですからね。
僕たちのような凡庸な一般人を啓蒙するための言葉じゃないんです」
( ^ω^)「それでも、僕は出来る限り奇跡に近付こうと思いました。
勿論、自分自身の持つ表現の才能が開花する奇跡に、です。
奇行はそのための手段でした。けれど、奇跡は益々遠のいていった……」
( ^ω^)「いや、起こらないからこそ、奇跡、というやつなのかもしれません」
- 376 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:32:49 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「……内藤、さん。ごめんなさい、あの」
(゚、゚トソン「ここは、私の死に場所なんです……いや、死に場所だったんです。
今日ここへ来たのは、自分自身に何らかのけじめをつけようと思ったからで、
自分の中で一番印象深いこの場所なら、何かが出来るんじゃないかって」
(゚、゚トソン「もしかしたら、自分を殺すことも、できるんじゃないかって」
(゚、゚トソン「でも……出来ないんです。殺せないんです。まあ……簡単に、殺せるわけないですよね。
もう、だって、私、情けないくらい……動けなくて。自分が、どうしたいのかも、よくわからなくて。
誰が何をしてくれるわけじゃないって、分かっているのに、それを望んでしまって」
(゚、゚トソン「結局、私は他人任せで、自分の人生を、流していきたいのかもしれません。
それって、もう、ただの我が儘ですよね。本当に、選択しないといけない場面になったら、
常に、そこから逃げ出すことばかり考えていて……」
(゚、゚トソン「何もしたくないんじゃなくて、何か持ってきてって、駄々をこねているだけで……」
(゚、゚トソン「そんな私が、自分で自分を殺すなんて大それた真似、出来るわけないんです。
ちょっと、考えればすぐに予想できたことですよ、そんなことって。
でも、そんな馬鹿馬鹿しい行動に、私は、また、内藤さんを、巻き込んで」
(゚、゚トソン「私は、どれだけ他人に迷惑をかければいいのか、分からなくて」
- 378 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:34:08 ID:7XKZ/7760
- (゚、゚トソン「小説だって、そうなんです。私は、私の承認欲求を満たしたいだけなんです。
自分が、普段、溜め込んでしまってる何かを、小説としてなら世に出してもいいんじゃないかって。
たったそれだけの思いですから、才能なんて、呼べるわけ、ないんです……」
(゚、゚トソン「私は、誰かを巻き込まないと、生きていけないんじゃないかって……」
( ^ω^)「都村さん」
(゚、゚トソン「あの、私、本当に、今、苦しいんです。ガラスの破片が刺さってるみたいに、苦しいんです。
でも、何故か、涙の一つも流れないんですよ。こんなに、自分の、気持ちを話してるのに……。
どこか、浮ついていて、まるで何かを期待しているような、そんな気分で」
(゚、゚トソン「たぶん、私は誰かに、そんなことないよって、言って欲しいんだと思います。
そうして、誰かが私を受け入れてくれるのを、期待しているんです。
だから、本音を、どうにでも言い換えられるような言葉でしか話せないんです」
( ^ω^)「都村さん、もういいですよ」
(゚、゚トソン「私、私は……この先、いつか、いつの日か、自分で、
自分一人の力で、自分の選んだ死に場所で死ねるように、なるんでしょうか……」
所詮私の言葉など全て諧謔に過ぎないのだろうか。
だから、私はどんな時よりも泣きたい今、泣くことが出来ないのだろうか。
不意に私の頭に温かい掌が乗せられた。
ハインのものよりも大きなその掌が内藤氏のものであると気付くまで、しばらく時間を要した。
- 379 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:36:04 ID:7XKZ/7760
- ( ^ω^)「十分です……都村さん。そんなに、自分を、貶めないで下さい」
( ^ω^)「都村さんは……いい人です。だって、僕の話に、付き合ってくれたじゃないですか。
僕みたいな面倒くさい人間に付き合ってくれる人は、いい人です。
だからそんなに卑下しなくても良いんですよ。僕は、分かってますから」
( ^ω^)「貴方が今日、何のためにここへ来るのかも大体予想がついていました。
だから僕はハインさんに相談したんです……申し訳ないことをしましたね。
ハインさんは随分自分に責任を感じていたようです。でも、彼女は言いましたよ」
( ^ω^)「あいつは、生きる価値のある人間だって」
(゚、゚トソン「……でも、私は、自分の才能以前の何かを、どうすることも出来ないんですよ」
( ^ω^)「やっぱり、貴方は僕に似ていると思います。僕も昔、そんな悩みを拗らせていました。
そしてそれは止まらずに、僕を奇行へ走らせることとなってしまった。
けれど都村さん、貴方はまだ止まれますし、引き返せますよ」
( ^ω^)「都村さん、僕は……」
( ^ω^)「僕は、貴方に死んで欲しくないです。奇行に走らせたくもないですし、
ましてや手首に傷を付けたりしたら……寂しさが残るだけですから」
(゚、゚トソン「……そうやって、引き返して、その先に何があるんですか。
無名の人々の中に紛れる私は、本当に都村トソンなのでしょうか?」
( ^ω^)「ええ……大丈夫ですよ。貴方は、死ねないし、死にません」
- 383 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:40:56 ID:7XKZ/7760
- 内藤氏の掌が私の頭から離れた。
つられて私は顔を上げる。いつの間にか彼は私の隣に立っていた。
吹き付ける海風を物ともせず、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。
( ^ω^)「……僕は、表現というものに取り憑かれました。
家族とか、自分自身とか、色々な原因を足し合わせた結果、こうなりました」
( ^ω^)「本当なら死んでいておかしくない人間なんです。それが何となく、生きている」
(゚、゚トソン「……」
( ^ω^)「一度表現に取り憑かれた者は、それを無くしては生きていけないんじゃないかと、思います。
僕はあの日に表現を止めました。けれどこの心には未だ後ろ暗い何かが渦巻いています。
それはハインさんや、都村さんに牙を剥いてしまいました」
( ^ω^)「他人に迷惑をかけている度合いなら、僕の方が余程上ですよ」
(゚、゚トソン「そんな、こと」
( ^ω^)「都村さん、賭けをしませんか」
(゚、゚トソン「え?」
( ^ω^)「ええ、簡単なものですよ」
そう言うと、内藤氏は一歩足を踏み出した。
( ^ω^)「これは賭けでもあるし、お願いでもあります」
内藤氏は海を見たまま、微笑んだままそう言った。
( ^ω^)「都村さん、僕と同じ場所で死なないで下さい」
そして、もう一歩踏み出して海の底へ、跳んだ。
- 384 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:41:38 ID:8ygWPrl20
- え
え
- 385 名も無きAAのようです[sage] 2013/02/18(月) 00:42:58 ID:tElVtPPc0
- えっ
- 386 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:44:15 ID:7XKZ/7760
- 数瞬の後にパァン、と水面に何かが叩きつけられる音が響いた。
私はその時にようやく我に返った。思わず辺りを見回した。誰もいない。
そう、誰もいない。
そう気付いた時に心の中で何かが消えた気がした。
恐らくそれは内藤氏の存在感だ。
微かなものではあっても、それを確かに感じ取っていたのだと、ようやく気付いた。
それが、消えた。
私は恐る恐る崖の下を覗こうと身体を動かした。しかし、崖の方へは一歩も近寄れなかった。
逆に、私は後ずさっていた。身体の中で無数の悲鳴が木霊していた。
内藤氏が死んだ、という実感。それだけが身体を支配していた。
何も分からない。しかし、彼は私のために、身を投げた。それだけは確かだ。
そして私は、内藤氏によって『死に場所』を奪われてしまった。
どうして、ハインも、内藤氏も、私なんかのために無理をしてしまうのだろう。
私は、どうすればいい。
内藤氏は最期に私に『お願い』をした。
勝手なお願いだ。でも応える。応えたい。応えるしか、ない。
それはきっと、私の、才能への心残りを払拭するための『お願い』なのだから。
けれど、せめて感謝の言葉ぐらい述べさせてくれてもいいじゃないか。
なのにどうして、私をいなして、置いていってしまうのか。
私は、この世で最も惨めな感謝を、どこへ向かって放てばいいのか。
罪障が、私の中の濁りを丁寧に塗りつぶしていく。
ここにあるのは最早、壊れたガラスすらも片付けてしまった後の、何か。
13.死なない 終わり
- 387 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:45:21 ID:7XKZ/7760
- 拝啓。
都村様へ。
この手紙を読む頃、僕と貴方は懇意の仲になっているはずです。
僕はどれだけのことを話したでしょう。そしてどれだけの話を聴いたでしょう。
いずれにせよ、仲良くなれたということを、僕は本当に嬉しく思います。
ただ、この手紙を読んでいる頃、僕は貴方の前から姿を消しているでしょう。
身勝手な僕をお許し下さい。そして出来れば捜さないで下さい。
もしも何らかの方法で貴方が僕の死を知っても、警察には告げないで下さい。
恐らく、それは貴方にとって酷く重い負担になってしまうでしょう。
どうか誤解しないで下さい。僕は誰のためでも、また誰のせいでもなく、ただ僕のために死にます。
今や死人も同然である僕は、しかしながら死に場所を探し続けているのです。
僕には確固たる死に場所がありません。死ねるべき時と、死ねるべき機会が見当たりません。
こんな命はいつ捨てても構わないのですが、出来れば有意義に遣いたいものです。
僕はあの日以来、常に死に場所を他人に求め続けてしまっているのです。
この文頭の宛先は、前回は『高岡様』でした。
そうです。結局は誰でも良かったんです。ただ、僕に見合う人物でありさえすれば。
人というのはどうしてこうも自分勝手なのでしょう。それでも僕は、貴方に何かをしてあげたいのです。
いずれ貴方とお別れすることになったら、この手紙を破棄します。
また、ほんの僅かな、砂粒より小さな可能性ですが、
僕にちょっとした奇跡が舞い降りてきてくれたら、その時もこの手紙は破棄します。
僕が醜くて愚かなのは、未だに、自分が何か出来るんじゃないかと、思っているところです。
僕は何度も何度も拙い失敗を犯してきました。
今度こそ何か為せたら。もしくは、今度こそ奇跡によって僕が貴方に何か出来たら。
そんな思いを込めて、この手紙を書き、鞄に入れておくこととします。
指が震えて字が書けない故、パソコンでの手紙であることをお許し下さい。
二〇一三年 一月
敬具。
- 388 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:46:41 ID:8ygWPrl20
- ちょ
- 389 名も無きAAのようです 2013/02/18(月) 00:47:25 ID:7XKZ/7760
- 追伸
僕は非常に不器用な人間です。
不器用どころか、もはや不躾とか非礼と言えるかも知れません。
そう言う人間で、何かをやらかしてしまうかもしれません。
けれど、僕は、貴方を傷つけることはしませんし、そのつもりでいます。
何故なら貴方は、僕の話し相手になってくれる人だから。
それでは、さようなら。
そして、ありがとう。
(゚、゚トソンフラジールのようです
――或いは、Good bye Thank you
<了>
- 390 ◆xh7i0CWaMo 2013/02/18(月) 00:49:54 ID:7XKZ/7760
- 後書きの前に宣伝を。
そこはとても居心地の良い穴ぐら、のようです
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/13029/1356526036/
('A`)奇跡も、魔法も、あるようです
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/13029/1357042192/
('A`)Skypeチャットのようです
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/13029/1357648858/
以上三作品を今冬に投下しました。よければどうぞ。
本当は作中時間と同じ時間に投下したかったんですけど体調とか諸々の面で無理でした。
一応この『フラジール』を含めて、一連のシリーズが完結したことになります。
シリーズだったの? という声もあるでしょうがご心配なさらず。
あくまで私の中での話であり、どれかを単体で読んでも何の問題もありません。
ただ、若干テーマが被ってるので、忙しい人は『Skypeチャット』、
そうでもない人は『フラジール』を読めばいいんじゃ無いかなと思います。
『フラジール』の結末は自分勝手な馬鹿野郎どもによって導かれたものです。
誰が悪いとも誰が善いともなく、それぞれがそれぞれなりに動いた結果です。
それを準備するため、各個人のエピソードを深掘りしました。ちょっと煩雑になりましたが。
ただ、一連の作品のテーマは徹底した自分への攻撃にあります。
様々な戯言はそのために作り出されたものです。無能はその無能さ故に無能自身を殺せない。
これで私も、せめて立派な殺人未遂者になれれば、いいな。
というわけで、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
- 397 名も無きAAのようです[sage] 2013/02/18(月) 01:22:01 ID:Mv9UWb.A0
- すげぇ、乙
最後までまったく空気感が変わってない
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