(゚、゚トソンフラジールのようです
- 64 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:09:57 ID:Zacs9dBs0
- 3.付けない
(゚、゚トソン「……」
ふと、思う。
私はもしかしたら、街頭で声をかけられて壺や絵画を買ってしまうタイプの人間なのではないかと。
それ自体は罪ではないだろう。しかしながら、何とも言えない、侮蔑の視線を注がれる羽目になる。
今日は土曜日、時刻は二時十五分。場所は喫茶店『浪漫S区』。
内藤ホライゾン氏は、まだ現れていない。約束していた時間は、確か二時ちょうど。
女を待たせる男なんて最低、などと決まり文句が思い浮かぶが、本心ではない。
似ている感情は持っている。しかしそれは男女の別がどうこう、という問題ではないのだ。
とにかくこの、手持ち無沙汰の、緊張ばかりが心を蝕む時間から解放して欲しい。
目の前で徐々にコーヒーが冷めていく。
私はコーヒーが好きではない。かと言って嫌いでもない。
砂糖やミルクも、気分によって入れたり入れなかったりする。
今日はミルクを少しだけ入れて、砂糖は入れていない。そういう気分なのだ。
そのコーヒーが、冷める。
おもむろに携帯を取り出してみる。着信履歴も新着メールも無いのに、とりあえず操作する。
そしてちら、と入り口の方を伺ってみたりする。
さほど広くない店内では、一番奥からでも客の出入りを確認できる。
彼の姿は動画で確認しただけだ。それも一度見ただけだから印象深いとは言えない。
しかしそもそも殆どお客が来ない。
自動ドアの開く音がしないのだから内藤氏が突然目の前に現れるわけもない。
だから私は、少しずつ疑心暗鬼になっていく。それは十五分かけて育てられ、最早確信と化している。
もしや、私は、騙されたのではないだろうか。
- 65 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:11:53 ID:Zacs9dBs0
- 騙された、というのはやや言い過ぎかも知れない。
とにかく、今日この時間に内藤氏が来るという確証が時間を追うにつれて失われているのだ。
何らかの事情があって内藤氏が定刻に来られないという可能性は十分に考えられる。
というか、定刻はとっくに過ぎている。
そもそも確証と呼べるのは電話で聞いた内藤氏の勢いの良い声だけである。
もしかしたら時間を聞き間違えたのかも知れないし、日付自体がずれているのかもしれない。
そんな風に納得しようとしつつ別の考えも浮かぶ。何故いちいち自分のせいにしないといけないのだ。
故にこう結論づける。
私は多分、騙されて絵画を売りつけられても何らかの方法で自分を納得させるだろう。
誰に文句を言うわけでもなく。また誰に迷惑をかけるわけでもなく。
でも、もうちょっとだけ待ってみようという気持ちもある。
このままさっさとコーヒーを飲み終えて店を出るのも癪だ。
じっくりと、目の前の白と黒の混ざった飲料を楽しむふりをするのも悪くない。
そのための道具を、私はきちんと鞄の中にしのばせている。
少し前に購入した大江健三郎の長編小説だ。
別にこの作家が好きで購入したわけではない。ただノーベル賞作家らしいし、
自分が文学部であるという謎の義務感も伴って手を伸ばしただけの話だ。
それを取り出しておもむろに開いてみる。勿論、内容は全く頭に入ってこない。
店内に客は、私を除いて二、三人しかいない。
店長と思しき中年の男性がカウンターの内側で何やらメモ書きをしている。
私は隅の席で落ち着こうとしている。実際、隅は落ち着くのに丁度良い。
- 66 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:12:48 ID:Zacs9dBs0
- コーヒーを少し口に含む。
私にはコーヒーの美味しさが分からない。
ただ、不味いとは思わないから、多分美味しいのだろう。
そう言えば、私はまだ大事なことを決めていなかった。
内藤氏に何を訊くのか――或いは、何を訊かないのか。
もしくは、何も訊かないのか。
この期に及んでさえ、私は内藤氏に好奇の問いをぶつけることに戸惑いを感じているのだ。
果たしてそれは正なのか悪なのか、というような大仰な疑いではなく、
そもそも自分のような人間が一人の人間を取材する資格があるのか、という自虐的な問いである。
浅くても底の見えない川がある。ギャグ漫画でよくあるような展開だ。
溺れている少年を助けるために飛び込んでみたら存外浅いためにただ濡れ鼠になるだけだった。
逆に言えば底が深くても奥の奥まで見通せる清らかな海もあるだろう。
ただ、私には内藤氏が、どう考えても前者に該当するように思えて仕方がないのだ。
取材、と呼ぶにも及ばない質問を仰々しく実行しても、
得られるものは所詮限られていて、想像の枠内を超えないのではないか。
……それでも、私は多少の期待を抱いたからここに来た。
結局彼に嘘をついて予定を白紙にすることもなく、約束の時間の十分前にはすでに待ち構えた。
なのに、内藤氏はまだこない。予定を十五分オーバーしても、なお姿を現さない。
(゚、゚トソン「……」
自然と溜息が漏れて、両手の中にある小説の文字列にぶつかって飛び散っていく。
直後、不意にその景色が暗がりに包まれた。私は何の気もなしに顔をあげた。
そこに、巨体が突っ立っていた。
- 67 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:14:22 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「!」
悲鳴とも覚束ない息を呑む声が口をつく。
ゆらりと、夏場の蜃気楼のようにゆらめいて見えるそれは、確かに人の身体であった。
そんな当たり前の事がなかなか信じられずにいた。私は、その人の気配を全く感じなかったのだ。
その巨体は、私の想像と同程度に、確かに巨体であった。
身長190センチ近いのではないだろうか。街中で遭遇すればちょっと怖じ気づいてしまうような高さだ。
しかし、その高さに似合わず華奢であるようだ。ゆらめいて見えたのはそのせいかもしれない。
身体に纏っているのは黒っぽいトレンチコートであるようだ。
ただでさえ薄暗い照明を背にしているため、未だ顔は判別できない。
だが、既に私は確信している。この人が、内藤氏であると。
その人は未だ立ち尽くしたままだ。テーブルを挟んで、動こうともしていない。
私が何か声をかけるべきだろうか。そうだとして、一体何を言えばいいのだろうか。
この異質な空気に対して、私はどのような返事をすればいいというのか。
「……あの」
しかし口火を切ったのは内藤氏だった。暗闇の中で彼の双眸が薄く輝いているようだった。
「貴方が、都村さんですかお?」
- 68 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:15:39 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「……は、はい」
私は別のことを考えている。彼は右手に真っ黒な鞄をぶらさげていた。
その鞄には嫌と言うほど見覚えがあった。意欲的な就活生が、
或いは道行く平凡なサラリーマンがよく持ち歩いているものだったからだ。
ハインの情報によれば内藤氏は無職であるはずだ。
なのに、どうして。
「も、申し訳ないんだけど」
(゚、゚トソン「は、い?」
「コーヒーを……ああ、ホットの、Mサイズ……注文して、ここに持ってきてくれないですかお?」
彼はそこで、殆ど落下するような勢いで椅子に座り込んだ。
疲弊を十分に匂わせる吐息。そしてその分だけ、空気を取り込もうとする。
「……自信が、ないんですお」
そこでようやく彼は顔を上げた。私はその表情を初めて目の当たりにすることになった。
( ^ω^)「ここまで……こぼさずに、持ってくる自信が……」
- 70 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:17:01 ID:Zacs9dBs0
- 私の、彼に対する第一印象をはっきりと述べるなら、『童顔』であった。
とても三十路には見えない。せいぜい二十五前後ぐらいか、
下手をすれば私と同年齢だと言っても通用するかもしれない。
そして何より、その表情はどこまでも穏やかで平和なものに見えた。
私の目の前にいるのはYoutubeの内藤氏ではなく、電話で会話した時の内藤氏だ。
ただ、その中で窮屈そうな巨体だけが歪だった。無理矢理、サイズの大きい服を着せられているような感じ。
確かに、この人物を、ハインなら『腑抜け』と表現するかもしれない。
( ^ω^)「あの……都村、さん?」
(゚、゚トソン「は」
(゚、゚トソン「はい、えっと、コーヒーですね」
(゚、゚トソン「さ、砂糖と、ミルクはどうしますか……?」
( ^ω^)「あー」
( ^ω^)「……」
( ^ω^)「一応、両方持ってきてくださいお」
( ^ω^)「あ、お金……」
彼は鞄を広げて中に手を突っ込み、二つ折りの小さな財布を取り出した。
中から五百円を私に手渡す。その手は、確かに寒さ以外の原因で震えていた。
- 71 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:18:17 ID:Zacs9dBs0
- 私が注文して運んできたコーヒーに、
内藤氏は持ち上げるというよりも口を持って行くような姿勢で少し飲んだ。
カップがテーブルにぶつかって不自然な音を響かせる。
( ^ω^)「……ああ。ありがとうございますお。」
( ^ω^)「ちょっと喉が渇いていて……というより」
( ^ω^)「何かを飲まないといけないような気がしたものですから……」
そして内藤氏は柔和な笑みを浮かべ、私を眺めた。
人に見つめられるのは好きではない。大抵は恥ずかしく思うし、人によっては嫌悪すら感じる。
しかし彼に眺められている私は、何一つそれらしい感情を覚えなかった。
彼の目が、私を捉えていないからだろうか。
( ^ω^)「……『芽むしり仔撃ち』
(゚、゚トソン「え?」
( ^ω^)「面白い小説……ですお。初期の、大江健三郎の、名作だと、思いますお」
(゚、゚トソン「ど、どうして」
(゚、゚トソン「どうして、分かったんですか、タイトル……」
私がさっきまで手にしていた『芽むしり仔撃ち』には、ブックカバーが施されていた。
- 72 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:19:39 ID:Zacs9dBs0
- ( ^ω^)「ああ、ち、違いますお」
( ^ω^)「その、何と言うか」
( ^ω^)「……ほら、その」
( ^ω^)「本文の上のところに、タイトルが、印字されてるのを」
( ^ω^)「さっき、見たんですお……」
(゚、゚トソン「……あ」
(゚、゚トソン「ああ……はい、そ、そうですね」
確かにそうだ。大抵の文庫本にはそのような装丁がされているし、別に今更驚くことでもない。
だが私は安堵していた。別に超能力的なものを期待したわけではない。
ただ、私は一つの明確な事実を再確認させられることになっただけだ。
私自身が、内藤氏を異質な存在として認識しているという事実を。
第一印象はそうそう拭い去れるものではない。
私の目の前にいるのは、ある意味で正常な状態の内藤氏だ。
しかし、私はその奥底に狂気の存在を予期している。
そしてその予期は、期待でもあるのだ。
( ^ω^)「……ああ、そうですお、えっと」
( ^ω^)「な、内藤ホライゾン、ですお……よろしく、お願いしますお」
(゚、゚トソン「は」
(゚、゚トソン「はい」
(゚、゚トソン「都村トソンです、よろしく……お願いします」
互いに挨拶をして頭を下げる。馬鹿みたいな社交辞令。
私はまだ、彼に対する畏怖や、希望や、尊敬や、侮蔑を、押し隠したままだ。
- 73 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:20:32 ID:Zacs9dBs0
- ( ^ω^)「ハインさんから……聞いたかも知れないですけど」
( ^ω^)「僕は、初対面の人と話すのがとても苦手なんですお」
( ^ω^)「こう、直接の場合は、特に」
( ^ω^)「でも、すぐに慣れますお。いつも、そうなんですお」
そう言ってコーヒーを啜る。結局彼は砂糖もミルクも入れないようだ。
私は緘黙を貫いたまま彼を観察する。床に投げ出された両脚はスーツを装っている。
つまり彼は完全な社会人の恰好でここにやって来たということだ。
もしかして、内藤氏が無職であるという事実自体、嘘なのであろうか。
( ^ω^)「ああ……この、恰好、ですかお?」
(゚、゚トソン「あ……」
( ^ω^)「えっと、これ所謂、一張羅なんですお」
( ^ω^)「僕なんていうか、スーツ以外にまともな服を持ってなくて」
( ^ω^)「コンビニとかならジャージで構わないと思うんですけど……」
- 74 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:21:36 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「そう、なんですね……」
私は複雑な想いの発露のしかたが分からず、ただ困惑だけを示した。
彼は私に会うためにわざわざ一張羅を持ちだしたということになる。
つまりそれだけの労力を使わせたのだ。その点について、私は、
(゚、゚トソン「すいません」
と謝罪の定型句を口にした。
( ^ω^)「何がですかお?」
(゚、゚トソン「いや、わざわざ、来ていただいて、というか……」
周りに客が少なくて本当に幸いだと思った。
私たちが繰り広げているのは、まるで痛々しい傷口に指先を這わせているような、
そんな怖々とした会話に過ぎない。核心への入り口からわざと遠ざかり続けている不穏な緊張感。
( ^ω^)「いやいや……そんなこと、思わなくていいですお」
( ^ω^)「どうせ、暇ですし……」
彼は逡巡するように少し首を傾かせて、それから私を見遣った。
( ^ω^)「それで、何が訊きたいんですかお?」
- 75 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:22:30 ID:Zacs9dBs0
- そうだ。それが目的だった。
私は、割と本気で自分が彼を取材しようとしていたという事実を忘れかけていた。
彼が目の前に突っ立った瞬間から全ての思念が吹き飛んで、
ただこの状況をどうにか打開しようと模索していたのだ。
そして私は未だ選択していなかった。
何を訊くべきか、何を訊かないでいるべきか、何も訊かないでいるべきか……。
(゚、゚トソン「あー、はい」
(゚、゚トソン「そうですね……」
何も無いです、という言葉は許されないような気がした。
この感覚には憶えがある。
大学の入学式で、まるで興味の無い軽音サークルの勧誘を受けたときの出来事だ。
いかにも大学生らしい大学生だったその男性二人組は、
私に無理矢理チラシを手渡して様々な質問をぶつけてきた。
「ねえ、キミ音楽好き?」
「何か楽器できたりしない?」
「まあ出来なくてもいいけど、興味とかない?」
「家に何か楽器ある?」
「新歓参加無料なんだよね、連絡するからメアド教えてくれない?」
- 76 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:23:30 ID:Zacs9dBs0
- 矢継ぎ早に放たれる質問に何一つ答えぬまま私は「ごめんなさい」と言ってその場から逃げ出した。
得体の知れない恐怖が胸に競り上がっていた。
相手にしてみれば私はたまたま見つかった一羽のカモでしかなかったのだろう。
別に勧誘に成功しようがしまいがどっちでも構わない、そんな存在だったはずだ。
しかし私はその彼の軽い言動によってしばらくトラウマ的な煩悶を抱えることになったのだ。
生きている世界がまるで違うことを実感した。
この大学にいれば私も同じような人間になるのかという不安さえ芽生えた。
今のところ、私はそんな人間にはなっていない、と思う。
自分自身の現在など、過去の記憶と照らし合わせたところで変化を実感できるものではない気がする。
そして、今。
私は内藤氏という人物と相対して同じような感覚を抱いていた。
今度は私が質問者である。だが、抱いているのは回答者と同じ苦々しさだった。
悔悟するべきなのだろうか。私は変人、という単語を軽々しく考えすぎていたのだろうか。
実際に精神障害者保健福祉手帳を所持している『変人』から、私は何を吸収するのか。
興味とは罪悪だろうか。この好奇心は、どこかでストップをかけねばならなかったのだろうか。
いや、もしかしたら私は何一つ有益な質問の思いつかない自分自身に言い訳しているだけかもしれない。
出来ることならあの時と同じように逃走したかった。しかしそれは許されない。
誘いをかけたのは私なのだ。それに内藤氏は快く応じてくれた。
少なくとも、私はあの大学生二人組のような質問者であってはならないと思う。
そう考えて私がようやく紡ぎ出すことの出来た質問は、
(゚、゚トソン「背、高いですね……」
という、どうしようもなく有り触れたものだった。
- 77 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:24:30 ID:Zacs9dBs0
- ( ^ω^)「あー……はは、やっぱりそう思いますかお?」
(゚、゚トソン「何センチぐらい、あるんですか?」
( ^ω^)「最近測ってないけど……確か191センチ……」
( ^ω^)「猫背だから、数字よりは小さく見られますけど……」
考えてみれば背丈に関する質問というのは、
相手のコンプレックスを刺戟するものであるかもしれない。
しかしながら内藤氏は笑顔で答えを返してくれた。私にはそれだけで十分だ。
何となく、会話の糸口が見つけられたような気がした。
( ^ω^)「都村さんも、女性にしては背の高い方じゃないですかお?」
(゚、゚トソン「160センチ程度ですから……そこまででもないですよ」
(゚、゚トソン「いいですね、そこまで高いと……本屋さんとかで困らなさそう」
( ^ω^)「でも、その分有り得ないようなところで頭ぶつけたりしますお」
内藤氏のしゃべり方にはどことない後ろ暗さがあるような気がした。
きっと彼も緊張しているのだろう。ただ、それだけではないようにも思える。
根本的な性格として、彼の口調はこのように出来上がっているのではないだろうか。
- 78 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:25:12 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「そう言えば、この前……」
( ^ω^)「お?」
(゚、゚トソン「時間が、無いって言ってましたけど」
(゚、゚トソン「ああ、電話のときです」
(゚、゚トソン「忙しかったんですか?」
私はほんの少しだけ深みに足を踏み入れてみることにした。
それは核心を突こうという攻撃的な意志と言うよりも、
むしろこれ以上表面上の会話だけでやり取りしているわけにはいかないという打開策だった。
案の定内藤氏は少しだけ黙り込んだ。柔和な笑みのまま、ちょっと口角を動かした。
( ^ω^)「あれは……いやあ、なんというか」
( ^ω^)「そもそも、電話するのが苦手なもので……」
( ^ω^)「いや、別に嫌だったというわけじゃなく、緊張して緊張して……」
( ^ω^)「何日も悩んだうえでの行動だったんですお」
( ^ω^)「だから、薬の力を頼ったというか……」
( ^ω^)「効果がありすぎて、すぐに寝たり記憶がなくなったりするものですから……」
- 79 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:26:01 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「何日も……?」
( ^ω^)「ああ、ハインさんに都村さんの電話番号教えてもらったの、あの一週間前ぐらいだったんですお」
( ^ω^)「だから、七日ぐらいは悩んだと思いますお」
(゚、゚トソン「……」
心の中で、馬鹿野郎、とハインを罵った。
確かに、私に内藤氏の情報を渡した当夜に、内藤氏本人から電話がかかってくるのは不自然だ。
つまり、ハインは先に内藤氏へ、私の電話番号などをあげていたことになる。
(゚、゚トソン「私が、内藤さんの……情報をもらったのは」
(゚、゚トソン「あの日の、昼間だったんです」
( ^ω^)「えっ」
(゚、゚トソン「……私も、電話しようか悩んでいた、ところでした」
( ^ω^)「……」
(゚、゚トソン「……」
( ^ω^)「……ははっ」
( ^ω^)「じゃあ、ある意味」
( ^ω^)「ベストタイミングだったんですお」
( ^ω^)「もう一日早かったら、都村さんは僕の電話を取ってくれなかったってこと……ですお」
- 80 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:26:52 ID:Zacs9dBs0
- 確かに、ベストタイミングだ。
ハインが謀ったというわけでもないだろう。
彼女の忙しさから考えて、両方に情報を渡せる機会がそれしか無かっただけだ。
本当に、都合が良かったのだ。
ただ、その都合の良さを喜ぶべきかどうかは、まだ判然としないが。
( ^ω^)「……あ、そう言えば」
(゚、゚トソン「はい?」
( ^ω^)「時間、遅れて申し訳ないですお」
そう言えば、そうだった。
(゚、゚トソン「いえ、いいですよ……」
( ^ω^)「その、やっぱり今日も緊張しちゃって……」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「あの」
(゚、゚トソン「まさか」
( ^ω^)「一応、頓服としてもらっている薬があって、それを……」
- 81 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:27:34 ID:Zacs9dBs0
- 目の焦点が合っていないのはどういうわけか、と私は納得する。
それと同時に理不尽なまでの違和感を覚えた。
何故そこまでして彼は私に会わなければならなかったのだろう。
(゚、゚トソン「だ、大丈夫なんですか」
( ^ω^)「いけますお……まだ。家、近いので……」
コーヒーを一口。その度にひっくり返してしまいそうで見ているこっちがハラハラする。
(゚、゚トソン「いや、でも、帰った方がいいんじゃ……」
( ^ω^)「いや、そういうわけにもいかないんですお」
( ^ω^)「今日は、その」
( ^ω^)「重要な質問を、しないといけないですから……」
内藤氏は薄く笑った。それは、控えめに見ても狂気の一端であると言えた。
いや、どうだろう。生来そのような笑い方なのかもしれない。
内藤氏という人物を理解するにはまだ、時間が足りなさすぎる。
(゚、゚トソン「質問……私に、ですか?」
( ^ω^)「ハインさんでもよかったんですけど……出来れば、都村さんの方が」
- 82 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:28:31 ID:Zacs9dBs0
- ( ^ω^)「ハインさんは……自分のことを『俺』と呼びますお」
( ^ω^)「……だから、何というか、いわゆる、一般的な話し方をする人ではないですお」
( ^ω^)「いや、いい人だとは思いますお。というか、実際すごくいい人ですお」
( ^ω^)「……でも、だからこそこの質問はできないんですお」
( ^ω^)「都村さんは……」
( ^ω^)「ハインさんより、普通っぽいですお」
( ^ω^)「……いや、まだ貴方のことを殆ど知らないですけど」
( ^ω^)「でも、こういう違和感……は」
( ^ω^)「気になり始めると、いつまでも心に蔓延るというか……」
( ^ω^)「だから、お尋ねしたいんですお」
( ^ω^)「都村さん、どう思いますかお」
(゚、゚トソン「はい?」
( ^ω^)「この……」
( ^ω^)「語尾」
- 83 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:30:07 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「えっ」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「え、何ですか?」
私は思わず二度聞き返してしまった。
重大な問題提起を覚悟していた心持ちが一瞬で溶解する。
しかし、内藤氏の表情は、あくまで笑みではあるもののその中に真剣さを湛えていた。
( ^ω^)「いや……常識的に考えて、ですけど」
( ^ω^)「もうすぐ三十になろうって男が……いや、年齢なんて関係なく」
( ^ω^)「語尾に『お』ってつけるのは」
( ^ω^)「流石にどうかと思うんですお……」
( ^ω^)「わざとらしいというか、あざといキャラ付け……というか」
( ^ω^)「だから、都村さんみたいな人から見て……どうなのか、と思って」
( ^ω^)「……どう思いますかお?」
- 84 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:31:47 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「……」
それは、確かに手の届く範囲での重要な問題だった。
私は内藤氏に対して、遠くの方の、見えそうで見えないような問題にばかり目を凝らしていたのかも知れない。
案外と手近な場所に違和感というものは転がっているのだ。それが、この場合、語尾だったのだ。
確かに、その語尾はおかしい。
(゚、゚トソン「……そうですね。違和感は、あります」
( ^ω^)「やっぱり、そうですかお……」
(゚、゚トソン「はい……」
(゚、゚トソン「私は別に、つけないでいるべきだ、とまでは思わないですけど」
( ^ω^)「いや、でも、僕は、そういう安易なキャラ付けは望んでない……んですお」
(゚、゚トソン「はあ……」
( ^ω^)「だから……」
内藤氏は震える手でカップを持ち上げ、ぐっと一気に飲み干した。
そして言った。
( ^ω^)「……これからは、『お』って付けないようにしますお」
( ^ω^)「……」
( ^ω^)「します、よ」
- 85 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:33:38 ID:Zacs9dBs0
- やはり内藤氏は私の期待を別の意味で裏切ってくれる、と思った。
本来変人とはそうあるべきなのだろう。
想定出来る時点で、その人は常識の枠内におさまっているのだ。
しかし、この人は、何か異質なはみ出し方をしているような気がする。
( ^ω^)「……あー、申し訳ないですけど」
( ^ω^)「ちょ、っと、眠くなってきたので」
( ^ω^)「お先に、失礼します」
(゚、゚トソン「あ、だ、大丈夫、なんですか?」
( ^ω^)「……大丈夫ですお……よ」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「その、別に無理して口調変えなくてもいいんじゃないですか」
( ^ω^)「いや、ここは、頑張らないといけないんです」
( ^ω^)「……これは、僕の、重大な決意ですから」
そういって彼はゆらりと立ち上がった。
改めてその巨躯に驚かされる。照明の具合で暗がりに立っているせいもあって、
都市伝説にでも出てきそうな姿形に見えるのだ。
( ^ω^)「それじゃあ、また、来週の同じ時間に」
- 86 名も無きAAのようです 2013/01/27(日) 00:36:40 ID:Zacs9dBs0
- (゚、゚トソン「え」
( ^ω^)「大丈夫、次は……薬を飲まずに、来ます」
そう言って彼はゆらゆらと入り口の方へ向かっていき、そして消えた。
ぽつんと取り残された私の前には空のカップとすっかり冷め切ったコーヒーが並んでいる。
来週の土曜に予定はない。いや、あると言えばある。大学主催の就活セミナーだ。
それ以前に、また私の予定は彼によって埋められてしまった。前回の電話以上に、身勝手な調子で。
まだ、私には何も分からなかった。彼も、私のことを何も分かっていないだろう。
なのに一つの決意が打ち立てられた。内藤氏曰く、『重大な決意』が。
意味が分からない。まるで、意味が分からない。
(゚、゚トソン「……」
ただ、意味が分からないからこそ。
来週の土曜日、どのようにして就活セミナーと掛け持ちしようか考えている自分がいるのだ。
次こそ、考えてくることにしよう。
何を訊くべきか、そして何を訊かないでおくべきか。
何も訊かないでおく、という選択肢は、とりあえず外してしまおう。
彼が、内藤ホライゾン。
彼が打ち立てた決意の重さなど、今の私には知る由もない。
3.付けない 終わり
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