(゚、゚トソンフラジールのようです

112 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:20:48 ID:J3pmyDm.0
5.会わない

(´・_ゝ・`)「えー、それじゃあ株式会社朝日機械設備の会社説明会を始めます……」

平日が過ぎて、土曜日。私はリクルートスーツを着て就活セミナーに参加していた。
就活セミナーでは複数の企業が同時に別々の会館で説明会を開催する。
日程は午前から午後までびっしりと埋められているが、どれを選ぶも就活生の自由だ。

(´・_ゝ・`)「まー、うちの会社は、なんていうか、地味な会社なんですよ。はは」

私は結局、午前中だけセミナーに参加することにした。
内藤氏と約束している午後二時までには、ギリギリ三社の説明会に参加できる算段だ。

(´・_ゝ・`)「基本BtoBの会社でCMもやらないから……あ、BtoBっていうのはね」

私は基本的に大学の講義でも何でも、一番後ろの席で聴くことにしている。
あまり前にいると少し恥ずかしいというのが最たる理由だが、
そこからだと何をしていてもあまり見咎められないというメリットもあるからだ。

(´・_ゝ・`)「だから今日の説明会を機会に、是非ウチに興味を持ってくれたらなー、なんて」

それはこの説明会でも変わらない。小教室で行われている説明を私は最後方で聴いていた。
ただ一つ、誤算があった。これは私の誤算でなく、恐らく企業の誤算だろう。

(´・_ゝ・`)「……ね、ねえ、キミ」

(゚、゚トソン「……私ですか?」

(´・_ゝ・`)「そ、そうだよ。だって、キミしかいないじゃない」

開始の時刻は既に五分過ぎている。
にもかかわらず、この小教室にいるのは二人だけだ。
説明者の三十代ぐらいの男と、私。……それだけ。キャリアセンターの事務員すらいない。

(´・_ゝ・`)「もうちょっと前に来ない? なんかほら、虚しさが倍増するからさ……」

113 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:22:23 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「あーあ、いや、やっぱりそうなると思ってたんだよね。今の時間帯って、
      大手のメーカーさんとかマスコミさんと被ってるし、ましてやまだ時期がね……」

(´・_ゝ・`)「でも課長がさ、ねじ込めるならねじ込めって言うんだよね。休日手当出るからいいけど……。
      無理なんだよねー。人集め。こればっかりは、どうしようもないんだよなあ。
      まー昔は、こんな良い大学で説明会自体、やらせてもらえなかったらしいけどさ……」

(´・_ゝ・`)「あ、これパンフレット」

こんな軽薄な口調で大丈夫なのだろうか、と他人事ながら心配する。
まあ私が密告でもしない限りはバレないだろうし、私もそんな面倒はしたくない。

(´・_ゝ・`)「ああ……そうだ。一応この説明会で履歴書、
      持ってきてたら回収することになってるんだけど、ある?」

(゚、゚トソン「あ……はい」

(´・_ゝ・`)「そか、じゃあ説明聞いて、興味持ったら僕に頂戴ね」

(´・_ゝ・`)「あ、そうそう。僕、人事の盛岡です。よろしくね」

手渡された名刺には確かに『盛岡デミタス』と書かれている。
しかし、通常会社説明会で名刺など配るものなのだろうか?

(´・_ゝ・`)「まあ……キミしかいないからね、うん。記念みたいなもんだよ」

114 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:23:25 ID:J3pmyDm.0
そして説明が始まった。
当たり前の話だが、中身はいたって普通の機械製造業であるらしい。
最近の不況には参っているものの、懇意の取引先と幾つかの特許製品で何とかやっているとのことだった。

私は彼が映すスライドや話す内容を就活用に購入したノートに書き留める。
この行為にさほど意味があるとは思えないが皆がそうしているから、そうする。

(´・_ゝ・`)「えー、そういうわけで、少人数なので風通しの良い会社です……っと」

(´・_ゝ・`)「こんなところかなあ」

盛岡氏は手に持ったレジュメを眺めながら渋い顔をしている。
私は携帯で時間を確認した。まだ予定時間の半分にも至っていない。

(´・_ゝ・`)「あー、そうそう。大事なこと忘れてた。今後の選考スケジュールだけどね」

(´・_ゝ・`)「今日履歴書を貰ったら、来週ぐらいに軽い面接をしようかと思ってます」

(´・_ゝ・`)「あと、適性検査ね……簡単なやつだから気にしなくて大丈夫」

(´・_ゝ・`)「それをクリアしたら二次面接なんだけど……正直他の志望者との兼ね合いもあって」

(´・_ゝ・`)「結構後の方になりそうです。申し訳ないけどね」

(´・_ゝ・`)「それが終わったら役員面接……で、内定、と」

(´・_ゝ・`)「順調にいけば、内定は四月か五月頃に出す予定です」

(´・_ゝ・`)「以上……っかー、めっちゃ時間あまったよ」

116 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:24:23 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「一応、残りは質問タイム……で考えてたんだけどね」

(´・_ゝ・`)「やっぱり時間配分ミスったかなあ」

(゚、゚トソン「……」

(´・_ゝ・`)「ああ、ごめんね。僕以外は真面目な会社だから、安心して」

(´・_ゝ・`)「そうじゃないと潰れちゃうから。このご時世」

(´・_ゝ・`)「いやあ本当に、最近は残業とかにも、うるさくてねえ」

(´・_ゝ・`)「残業代削らないといけないからってサービス残業ってわけにもいかないし」

(´・_ゝ・`)「労基に突っ込まれて面倒になったって話、たまに聞くからねえ……」

変な説明会だな、と彼のぼやきを聴きながらぼんやりと思う。
それはそうだ。マンツーマンの説明会なんて効率が悪くて仕方がない。

しかし盛岡氏は盛岡氏で自分の仕事をこなさなければならないし、
私も就活生として座っていなければならない。
一体、何をやってるんだろうという愚問にも満たない自問が浮かぶ。

そして思わず目の前の彼にも問いかけたくなる。

(´・_ゝ・`)「ああそうだ、何か無い? 質問」

117 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:26:18 ID:J3pmyDm.0
(゚、゚トソン「えっ」

そうだ。私は就活生だけでなく質問者の役割も担わなければならないのだ。

これまでの幾つかの企業説明会で、私は常に沈黙を貫いてきた。
「本日はお忙しいところありがとうございます、私は○○大学の」云々、などといった定型句は、
いつも他人の口から放たれ、そして私は傍観者とも言える立場でそれを横聞きしていたのだ。

しかし今日に限っては、私は当事者以外の何者にもなることが出来ない。
これはある意味でチャンスと言えるだろう。『人事に顔を覚えてもらう』絶好のチャンスだ。
……しかし、一対一という時点で既にその任務は果たされてしまっているような気がする。

(゚、゚トソン「えーっと」

相手の立場になって考えてみれば、流石にこんな女子大生一人に対して無駄な時間を使った挙句、
大した反応の一つも貰えなかったとなれば多少なりとも凹んでしまうのでは無いだろうか。
あまつさえ休日出勤でわざわざ大学に来たのに、である。

(゚、゚トソン「……」

とは言え、質問らしい質問など何も考えていなかった。
こういう質問の場では色々な常套句や禁句が存在しているらしいが、
少なくとも盛岡氏の喋り口調から考えて禁句については考えなくてもいいような気がする。

だからと言って無闇に訊きたいことが湧き出てくる筈もなく、私の口から飛び出したのは、

(゚、゚トソン「盛岡さんはどうしてこの会社に入社したんですか?」

という、如何ともし難い問いであった。

119 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:28:06 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「へ、ああ、僕?」

(´・_ゝ・`)「僕は……はあ、どうだったかなあ」

(´・_ゝ・`)「ああ、こう見えても僕、入社して十年以上経ってるんだよね。
      その頃ってもうとっくにバブルは弾けてて就職氷河期みたいなもんだったから……。
      正直、選択の余地は無かったよね。上位の大学にいる人は別として、さ」

盛岡氏は教卓の横にあった丸椅子を勝手に引っ張り出して、座り込む。

(´・_ゝ・`)「だから僕も色んな企業を回った末にここに内定が得られたんだよ。
      入社した理由はそれだけ……かな。うん。本当にそれだけ。
      ああでも、やっぱりこういうのって前向きな志望動機とか語るべきだったよねえ」

他の人がどう思うかはともかくとして、私は彼の口調に好感を持った。
外連味が感じられないのがその最たる理由だ。
彼は恐らく嘘をついていない。ついていたとしても、それはある意味謙虚な嘘だ。

しかし、もしも意欲的な学生が彼と対面すれば、その学生はたちまち企業自体に失望するだろう。
大抵の学生は自分より十以上も年の離れた会社員の愚痴など聞きたくもないだろうし、
そのために費やされた時間の全てを徒労であったと感じることになるはずだ。

121 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:30:32 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「あ、うちは残業はほぼ、ありません。
      さっきも言ったけど残業代削らないとだし、何しろ仕事の数自体も減ったからね。
      たまにあっても、ちゃんと残業代は出ます。なので安心してね」

(´・_ゝ・`)「年収はまあ……業界じゃ平均よりやや下って感じかな。
      ただ、そう詳しく他社と調べたわけでもないし、
      そういうのは就活生の方がよく知ってるんじゃ無いかな、はは」

(´・_ゝ・`)「一応転勤はある……けど、今の感じだとしばらくは本社のような気もするね。
      や、確証は持てないけど。家賃補助はあるし交通費も全額支給しますよ。
      年間休日はほぼカレンダー通り……たまに僕みたいに休日出勤があります」

彼が勢いよく並べ立てたのは、いわゆる『就活生が本当に知りたい内容』だ。
大抵の質問タイムで就活生が自分で口にするのは躊躇われるような話題。
盛岡氏はそれをいとも簡単に口にした。それだけ陰が無いというアピールでもあろう。

(´・_ゝ・`)「他に、何かあるかな。やり甲斐とか聞きたい?」

ペンを走らせていた私はふと顔を上げる。
盛岡氏の顔は内藤氏とは違って年相応に老けているように見える。
それは苦労の証明なのだろうか。それとも、いわばそれが『順応』なのか。

(゚、゚トソン「……聞かせて下さい」

は、と盛岡氏は笑みとも何とも言えない表情を作った

(´・_ゝ・`)「無いよ、そんなの」

123 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:32:01 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「まあこれは一つの考え方で、僕も就職してから上司に教えてもらったんだけどね」

(´・_ゝ・`)「結局人は何で働くかっていうと、そりゃ色々理由はあると思うよ。
      でも大抵の場合は、お金を稼いで、生活をしていくためだと思うんだ。
      そして生活っていうのはご飯を食べるってだけじゃない、もっと豊かなものであるべきだ」

(´・_ゝ・`)「僕は国内や海外を問わず旅行するのが趣味でね。これがまた結構お金がかかるんだ。
      あと奥さんと、子ども……まだ三歳の、子どもがいる。この人達も食べさせないといけない。
      僕はそういう人や物のために働いてるのであって、働きたくて働いてるわけじゃないんだ」

(´・_ゝ・`)「言ってしまえば、僕が働くべき場所は別に、この会社じゃなくてもいいんだよ。
      たまたまあの時に、僕の手の届く範囲にあったというだけの話でね」

贅沢な人だな、と私は思う。私なんかとは別の意味で、贅沢な人だ。
実感したことは無いが、世の中には働くために働いてそのために身体を壊す人が大勢いるらしい。
そういう人たちにとって、彼のような生き方はどう映るのだろう。

人によっては、彼を撲殺したいとさえ思うのではないだろうか。

(´・_ゝ・`)「だから申し訳ないけど、やり甲斐なんていうのは、無いんだよなあ。
      仕事より楽しいことなんて色々あるし。仕事ごときで満足してちゃ駄目だ。
      ……あ、ごめんね、自分で振っておいて」

(゚、゚トソン「いえ……」

124 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:32:57 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「あ、そうだ。僕も一つ、質問していいかな」

(゚、゚トソン「はい?」

(´・_ゝ・`)「あ、心配しなくてもこれは選考とはまったく関係ないからね。
      ……と、言っても信用してもらえないだろうなあ。そんな嘘、普通にまかり通ってるもんね。
      いや、本当に、単純な僕の興味だよ、他意は無いんだ」

(´・_ゝ・`)「ただね、どうして今日、この説明会に来たのかなって」

私は、非常に、戸惑った。
実際のところ、今日この企業を選んで説明会を受けたことに大した理由はない。
何となく、だ。時間が空いていたから埋めただけにすぎないようなものなのだ。

他の有名な企業にはどうせ縁がないだろうと思ったし、
何より派手派手しい業界よりも自分にはこんな感じの企業の方が似合っていると思った。

本当は友人などと一緒に説明を受けてもよかったのだが、
内藤氏に会いに行く際、抜ける理由を作るのが面倒そうなのでやめておいたのだ。

ただ、それを正直に暴露して良いものか。

彼自身がいくら選考に影響ないと豪語したところで、
私という人間の印象はある程度固定されてしまうだろう。
確かに盛岡氏は気にしなさそうだが、意外と選考は真面目にやるのかもしれない。

(゚、゚トソン「えっと……」

本格的に面接が始まったら、毎度毎度その企業にふさわしい言葉を探さないといけないのだ。
その事実を今更ながら再認識し、本当に反吐が出そうになった。

125 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:34:09 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「いや、理由が無いなら無いで、いいんだよ。僕だって、無かったし」

そう言って笑う盛岡氏は、不意に切なげな表情を浮かべた。

(´・_ゝ・`)「去年もね、面接になるとみんな、色んな理由を考えてきてくれるんだ。
      色々対策もしてるんだろうね。そのおかげで、全然その人の本当の姿が見えない。
      でも、そうやって自分を包み隠すのも、ビジネスでは必要だからね……」

(´・_ゝ・`)「僕なんかからしたら、一緒にいて不愉快じゃないような人ならそれだけでいいんだ。
      うちみたいな少人数の企業だと、やっぱりある程度仲良くやっていきたいからさ。
      ……それにしても、一体誰がこんなよく分からない就職活動なんて始めたんだろう」

(゚、゚トソン「……」

(´・_ゝ・`)「……なんて、こんな事が平気で言えるのもこの時期までだね。
      もうすぐ、真面目に採用活動しなくちゃならない。いや、今もしてるんだけどね、うん」

この人は、良い意味で、恥ずかしい人だなと思う。
やり甲斐などないと豪語するかと思えば仲良くしたいなどと大学サークルみたいなことも言う。
それは確かに誰もが思っているであろうことなのだろう。しかし、誰も口にしないことでもある。

126 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:35:13 ID:J3pmyDm.0
(゚、゚トソン「……あの」

(´・_ゝ・`)「うん?」

(゚、゚トソン「まだ、私、就職活動というもの自体に慣れていないものですから……。
     その、色々な業界や、企業を知りたいなと思って……。
     御社の説明会に参加したのも、就活セミナーを機会に色々な企業を知れたら、と……」

したいことなど何も無い。
しかしそれでも、私の想像を現実の社会というものが凌駕しているというなら。
私はそういった企業に興味を持つことができるかもしれない。

それは、私にとって精一杯の、『それらしい真実』だった。
完全に嘘というわけではない。本当の言葉も含まれている。
しかしその言葉は幾重もの気遣いやテンプレートで取り繕われていた。

(´・_ゝ・`)「……うん、そうか」

盛岡氏は口角を上げて何度か頷いた。

(´・_ゝ・`)「そういうものだよね、僕だって、他の業界なんて全然知らないし」

127 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:36:41 ID:J3pmyDm.0
興味を持つ、とはどういうことなのだろう。
私はこの企業に興味を持っていると言えるのだろうか。

後々になって悔やむことになりそうな気はする。
仕事自体には全然と言って良いほど面白味が見出せないし、
結局のところ私は目の前にいる盛岡氏への興味だけでこの企業に応募しようとしているのではないか。

しかし、それでさえ切っ掛けには違いないのではないのだろうか。
そのような切っ掛けすら逃してしまっては、私は一つも選考に進めないような気がする。
そして、働くために必要な条件というのは、案外そのような遭遇であるのかも知れないのだ。

(´・_ゝ・`)「さて……もう質問は、ないかな」

(´・_ゝ・`)「どうだろう、うちの会社に興味持ってもらえたかな?」

会社には興味を持っていない。それは確実に言える。
しかし私はこの先いかなる企業にも興味を持てないだろう。
ならば、些少であれ、好材料ならば拾い上げるべきではないだろうか。

鞄から履歴書を入れたファイルを取り出そうとしたのを見て、盛岡氏は言った。

(´・_ゝ・`)「ああ。ありがとう。こんな説明でも興味持ってくれて、嬉しいよ」

(´・_ゝ・`)「……」

(´・_ゝ・`)「あーでも」

盛岡氏は私の方へ伸ばしかけた手を止めて、視線を彷徨わせてから呟いた。

(´・_ゝ・`)「やっぱり、言っておくべきなんだろうなあ」

128 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:37:37 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「いや、これはね、本当は言っちゃいけないんだよ。決まりって言うか、法律、なのかな。
      ともかく課長にも口にするなって言われてるしさ、僕もマズいとは思う。
      ただ、今日ここに来てくれたのはキミだけだし……忠告ぐらいはいいかなって」

(´・_ゝ・`)「うちの会社……仮に僕がキミを二次面接に進めても、キミに内定にできないんだ、ほぼ確実に」

(´・_ゝ・`)「何でかっていうとさ、キミが、その」

(´・_ゝ・`)「女性だから、なんだよね」

(´・_ゝ・`)「今回一応、募集させてもらってるのは営業職なんだ。
      営業職ってことは、基本的に外のお客様との取り引きがメインの仕事になるんだよね。
      うちの業界……というか、うちの周りはすごく、なんていうか、男社会でさ」

(´・_ゝ・`)「やっぱりそこに女性を一人だけ置くっていうのは凄く難しいし、
      多分働く女性の側からしてもとても面倒なことになると思うんだ。
      だから……何て言うか、一応門戸は開いてるんだけど、女性は採れないんだよね」

(´・_ゝ・`)「事務とか、僕みたいな人事なら、まだいいかもしれないんだけどね……」

129 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:38:40 ID:J3pmyDm.0
彼の声が、何だか途轍もなく奇妙な言語のように不可解なまま脳裏を過ぎていく。

それと同時に幾つもの思念が浮かび上がった。
やっぱり、そういうものなのか、という納得。何故先に言ってくれなかったんだろう、という疑問。
時間を無駄にしてしまったな、という徒労。そして、自分には無理なんだな、という、諦め。

女性の就職が厳しいことは何となく知っていた。
しかし、このような形で身を以て実感することになるなどとは、全く思っていなかったのだ。

(´・_ゝ・`)「ごめんね、途中まで迷っていたんだよ。でも、知ってて言わないのはやっぱり裏切りだよね。
      まあ、僕は去年も何人もの女性の応募者を裏切ってきたわけだけどさ……」

私は、恐らく盛岡氏を誤解していた。
彼は、私が思う以上に――いや、もしかしたら彼自身が思っているよりも――自らの役目に忠実なのだ。

だから彼は、可能性の無い私一人のためだけに時間を費やした。
誰にも見られていないにも関わらず。誰にも評価されないにも関わらず。

もしかしたら先ほどまでの彼の饒舌は、迷いを晴らすために、
……言い方を変えれば私のためだけに用意された、饒舌だったのかも知れない。

そうまでしてさえ、彼の会社は私を採用できないし、たとえそうであったとしても、
まるで全ての就活生に平等な権利が与えられているように振る舞わなければならない。

そういう、ものだ。

130 名も無きAAのようです 2013/01/29(火) 21:39:49 ID:J3pmyDm.0
(´・_ゝ・`)「……やっぱり、やめとくよね。履歴書」

(゚、゚トソン「……はい」

挽回の可能性など万に一つも考えられなかったし、そうするつもりもなかった。
私はただ粛々と、用意された社会のルールに則って脱落するだけだ。

ちょっとした惑いで得られた盛岡氏との遭遇、そして興味。
それが失われてしまうことなど、さして辛いことではあるまい。
そしてそうやって自分を納得させることも、さほど惨めではあるまい。

(´・_ゝ・`)「ごめんね、時間を取らせて」

(゚、゚トソン「いえ……」

私は立ち上がり、彼に向かって慇懃無礼ですらある一礼をして見せた。

(゚、゚トソン「本日は、貴重なお話を、ありがとうございました」

そして身を翻し、小教室を出た。
最後に垣間見えた盛岡氏の表情は、無表情に悲痛の一滴を落としたような、奇妙なものであった。

(゚、゚トソン「……」

彼は、盛岡デミタス。
彼と会うことは、この先もう二度と無いだろう。



5.会わない 終わり

134 名も無きAAのようです[sage] 2013/01/29(火) 21:44:13 ID:O3nyRLao0

何気ない瞬間にも心の動きが見える
なんかいいな




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